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人が最も恐れるのは、とてつもない孤独と忍び寄る死だ。この究極の恐怖のるつぼに、たった16歳の少年が放り込まれる。原作は英国のブッカー賞に輝くベストセラー小説だが、目の前に展開する少年のサバイバルは、あまりに過酷でリアリティに富み、まるで事実の再現であるかのように衝撃的だ。
主人公のパイは、インドで動物園を営む両親のもと伸びやかに育ったが、一家は経営難から動物共々カナダに移住することになる。ところが太平洋上で大嵐に呑まれ、貨物船は沈没。助かったのは、小さな救命ボートにしがみつくパイと、泳ぎ切って乗り込んだ動物たちだけだった。シマウマ、ハイエナ、オラウータン、そして猛獣のベンガルトラ。当然のごとくベンガルトラが生き残り、ここから彼らの長旅が始まる。食うか食われるか、一触即発の対決の末、パイはボートを譲り、筏を作って洋上に浮かぶ。わずかな非常食で食いつなぎ、さらにわずかな可能性に望みを託し、ボート上で息をひそめるトラの様子をうかがう。その緊迫感がパイを絶望から救い、トラに魚を与え、共に生きようとする彼の連帯感が、われわれに張り付いた恐怖心を解く。
だが原作もアン・リー監督も、これ以上彼らの距離は縮めない。野生の本能の前に保たれた、その関係こそが物語の骨子なのだ。真っ暗な大海原にまばゆい光を散らす電気クラゲや、海上ショーのごとく潮を吹いて現れる鯨たちの映像に一息つくも、ゴールの見えない苦痛にパイはやせ細り表情も変わり果てる。タイトルに227日と明記されていなければ、やりきれないほど痛々しい日々だ。生きようとする人間の底力、その魂を見守るトラの、神秘的な存在感。むき出しの自然界で、われわれは、はかり知れない勇気を授かる。
<合木こずえ>