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原作はフランスの作家ティエリー・ジョンケの「蜘蛛の微笑」。アルモドバル監督は、三部作からなるエキセントリックで淫靡なハード・ボイルドを解体し繋ぎ合わせて、見るも美しい官能と旋律の媚薬を作り上げた。センセーショナルな映像は際物を予感させ、その鮮烈な画面が脳裏に染み付く。
狩猟民族の血が騒ぐのか、獲物を捕え支配することに異常なまでの快感を覚える男たちがいる。ウィリアム・ワイラー監督の「コレクター」をはじめ、日本でシリーズ化された「完全なる飼育」の人気も然り。この感覚は、公然とその快感を語れずとも”変態行為”と一言では片付けられない人間の所有欲のひとつだ。だからわれわれ女性たちも、亡き妻恋しさに憎き若造を監禁し、妻そっくりに改造してゆく医師の欲望を、拒否することなく無意識のうちに受け入れることができる。
原作では、外科医が手中でいたぶるのは愛人の女性だが、ゲイである監督が”獲物”を男性に置き換えたのは自然な成り行きだろう。さらに最愛の娘を誘惑し死に追いやった若者への”憎しみ”を原動力に理性を保ち、アンビバレンツな愛に溺れるのも納得がゆく。
世界的な形成外科医ロベル・レガルの、落ちついた物腰とクールな外見とは裏腹に、ほのかに見せる優しさが、いつか”獲物”に手を噛まれるのではないかという不安を与える。その緊張と、人工皮膚移植という薄気味悪さが常に恐怖となり胸を覆うが、同時にサスペンスフルな快感も味わう。演ずるアントニオ・バンデラスが醸し出す殺気と色気のバランスがいい。皮膚移植と性転換という身の毛もよだつ手術に入る時の、手際の良い一連の動作。滅菌済みの手術用手袋を丁寧に包み紙からはがし、ノリのきいた手術着に袖を通す、慣れた手順。その迅速で無駄のないシャープな動きは目を見張るほど美しい。こんなシーンでも、われわれは恐怖を凌駕する快感に酔える。
舞台は豊かな木々に囲まれた大邸宅。その一室で高性能のカメラに監視される美しき”獲物”ベラの、ボディストッキングを身につけた肢体も見事な造形美だ。拒絶と抵抗を繰り返しながら、身体を鍛えヨーガを学び伸びやかにポーズするしなやかな肉体と、清楚に整った顔がロベルの部屋のモニターに映し出される瞬間、セルロイドのような肌となめらかなラインにハッと息を呑む。ポーズを変えるたび光加減が変わり、ベラの美しさが際立つ。女性を美しく撮ることにこだわる監督は、おそらく今回、ライティングに細心の注意を払い、かなりの時間をかけたに違いない。
こうして創り出される映像美も極上のエロスだ。
衣裳はジャン=ポール・ゴルチエ、音楽はアルベルト・イグレシアス。アルモドバル監督作品の常連マリサ・パレデスがすべての事情を知る母に扮し、緊迫する展開の絡まった糸をほぐす。
失くした愛を求め、倒錯の世界に迷いこんだ男の悲劇。外科医であるがゆえに取り憑かれた狂気の沙汰は、終盤哀れを誘う。しかし誰も彼の愛を否定できない。
<合木こずえ>