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「日本人の三人に一人が癌で亡くなる」と言われる現在、新薬の開発が進んでいるとはいえ癌への恐怖は高まるばかりだ。どんなに癌を克服した人の体験記をネットで拾い上げたとしても、弱者にとって癌=死という概念はぬぐいされない。
この映画の主人公も然り。すこぶる健康的な生活をしてきたというのに、突然発覚した「悪性神経鞘腫 神経繊維肉腫」つまり「癌」の診断に多大なショックを受ける。落ち込む本人、驚きつつ支えようとする恋人、過剰なまでに心配する母親、そして何ら変わらず受け止めてくれる親友。実際に癌と宣告され、克服した脚本家の体験に基づいた展開はシビアにリアルだが、完治したという幸運がエピソードをコミカルに描かせている。だから、そこはかとなく勇気が湧いてくる。主人公アダムに扮したジョセフ・ゴードン=レヴィットの、どちらかと言えば草食系の、茶目っ気たっぷりのキャラクターも効いている。
美人アーチストの恋人は、最初のうちは献身的に尽くしているが、抗がん剤治療に通うアダムの送り迎えに疲れ果て別の男とつきあうようになる。その気持ちもわからなくはない。目に見えて体力が落ちてゆく癌患者の介護は、家族であっても大変なもの。若い彼女には息が詰まる毎日がいたたまれなくなるのも無理はない。気持ちが離れていく彼女をアダムはあっさりあきらめる。身体が辛くてそれどころではないからだ。
そんな彼に新米セラピストのキャサリンが新しい風を吹き込む。経験がないなりにアダムを励まし前向きにさせようと彼女も必死だ。あれこれと本を読み、まるでマニュアルをひとつひとつ試すかのように言葉を探してくる。的外れでぎこちない接し方は滑稽だが、真の優しさが伝わってアダムの心は少しずつ落ち着いてくる。
粗野な親友カイルは彼なりの思いやりで病気をエサにガールハントをしようとアダムを連れ出す。そのいい加減で軽佻な態度ににじむ慈愛がなんとも温かい。演ずるセス・ローゲンは役得だ。常に笑いながらアダムを見守るイイヤツとして圧倒的な存在感を残す。
そして母親。認知症を患う夫の面倒をみながら努めて気丈にふるまい、心配のあまりアダムを子ども扱いして疎まれる。「そんな母親の気持ちを考えたことがあるのか」と、アダムを責めるキャサリンの言葉に、観客ははっとして自分自身を振り返ることだろう。さらに、抗がん剤治療をアダムと同じ部屋で受けている仲間たちの達観した明るさにも励まされる。
こうしてわれわれは、アダムを取り巻く善良な人々の人生も垣間見て、人間の本能的な優しさや強さに改めて気づくのだ。軽妙な展開にクスクス笑いながらチクチクと胃は痛むが、次第に雨上がりの青空を見上げるような爽快な気分になってくる。健康な人もそうでない人も、是非観てほしい秀作だ。
<合木こずえ>