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近年急増する熟年離婚の多くは、妻からの申し出だという。定年退職した夫にはさして不満はないが、それまで夫に尽くし我慢を強いられてきた妻は、自分のための人生を再スタートさせたいと思う。そこで理解ある夫なら妻を応援するのだろうが、それまで必死に働いてきた夫は戸惑うばかりで、なかなか妻の自立を認めることができない。
ここに描かれる夫婦は、まさにそんな過渡期を迎えていた。35年間無事故無違反。鉄道運転士の夫はまじめに黙々と働き続け定年まであと一ヵ月、これから妻とのんびり旅行でもしようかと考えている。しかし妻は結婚を機に辞めた看護師の仕事を再開したいと夫に切り出す。「その話はとっくに終わったはずだ」と夫は怒り出し、話を聞こうともしない夫に失望した妻は、その夜家を出てしまう。
ここまでの展開では、夫のひとりよがりな計画や横暴な態度に苛立つが、ドラマは看護師に戻りたい妻の熱意だけでなく、夫の、仕事への責任感や誠実な性格も詳細に映し出し、観る者は双方の心情に交互に寄り添うことになる。夫を演ずるのが好感度抜群の三浦友和だからだろうか。仕事も人間関係も決しておざなりにしない信頼感が、どっしりと物語を支えている。対する妻にはベテランの余貴美子。二人のあうんの呼吸が喧嘩のシーンでさえぴったり合って、長年連れ添った夫婦のリアルな姿を披露する。別居状態ですれ違っていても、二人の表情や環境に寒々しさがないのは、それぞれが真摯に現実と向き合って生きているからだ。言葉が足りなくとも積み重ねた家族の絆で互いを思い遣る。そんな優しさが画面に溢れ、舞台となった富山の美しい町や山々が後押しして、われわれの心をじんわり温めてゆく。
監督は「世界の中心で愛を叫ぶ」や「RAILWAYS」の前作などで助監督を務めてきた蔵方政俊。監督デビュー作である本作は、東日本大震災の翌日にクランクインしたという。製作スタッフも出演者も、さぞかし胸を痛めながら撮影に臨んだことだろう。作り手の切なる思いと被災地への激励が、映像のそこかしこに現れているように思えてならない。愛を伝えられない大人たちだけでなく、愛を知るすべての人たちに観てほしい秀作。
<合木こずえ>