「レコード・プロデューサー、レコーディング・エンジニアのイノヴェーター
トム・ダウド。著名なミュージシャン、貴重なアーカイブ映像、そして自らの声によって綴られる、限りなく音楽を愛した天才の人生を描いた、音楽ファン必見の“音楽の話法”の物語」
ドキュメンタリー映画が面白いという流れを生み出したのはマイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』だった。以降、多くのドキュメンタリー作品が公開されてきているが、その中でもコンスタントに多くの観客を集めてきたのが、音楽をテーマとしたものである。マーティン・スコセッシが製作総指揮を行い、ヴィム・ヴェンダースなど著名な監督が集結した“ブルース・プロジェクト”シリーズ、NYパンクを代表するバンド
ラモーンズの結成から分裂までをメンバーの赤裸々な証言と共に捉えた『END
OF THE CENTURY』、グレイトフル・デッド、ジャニス・ジョプリンなど70年代アメリカン・ロックの大御所が出演した知られざるコンサート・ツアーの様子を捉えた『フェスティバル・エクスプレス』、ベルリン・フィルの演奏するストラヴィンスキーの「春の祭典」とクラシックを知らない子供たちとのダンスのコラボレーションの本番までを捉えた『ベルリン・フィルと子供たち』などジャンルを超えた様々な作品が公開されてきている。今回紹介する『トム・ダウド/いとしのレイラをミックスした男』もそういった音楽ドキュメンタリー作品のひとつである。
作品の内容はタイトルが説明している。「いとしのレイラ」はエリック・クラプトン(デレク&ドミノス)の名曲である。それをミックスしたのがトム・ダウドという男なのだ(ミックスとは簡単に言えば、マイクから拾った音を編集する作業である)。では、トム・ダウドとは何者なのか、それがこの作品の描く物語である。
トム・ダウドはレコード・プロデューサー、レコーディング・エンジニアである。彼は2002年にその生涯を閉じているのだが(享年77歳)、死の直前までその仕事に従事し続けていた。ただ、彼の最盛期がいつか、と問われれば、1960年代から1970年代の半ば、彼がアトランティック・レーベルを中心に作品を生み出していた時代と断言することが出来る。その間に彼が手掛けたアーティストはアレサ・フランクリン、オーティス・レディング、ウィルソン・ピケット、ドリフターズ、ブッカーT.&ザ・MG's、ジョン・コルトレーン、ハービー・マン、MJQ、オーネット・コールマン、ラスカルズ、オールマン・ブラザーズ・バンド、レーナード・スキナード、クリーム、エリック・クラプトン、ロッド・スチュワートなどソウル、ジャズ、ロックの歴史を彩ってきた重鎮たちであり、その多くが名盤として挙げられるものになっている。彼がいなければ、そういった名盤、アーティストすらも生まれなかったといっても過言ではないほどなのだ。
彼はレコーディング・エンジニアとして天才的なセンスとイノヴェーターとしての才能を持っていた。この『トム・ダウド/いとしのレイラをミックスした男』が描くのはそうしたトム・ダウドの人生である(結果的には作品完成後に亡くなってしまったため、この作品が彼が残した唯一のバイオグラフとなった)。作品の冒頭、エリック・クラプトンが「はっきりいって裏方には全く関心がなかった」と語る。オールマン・ブラザーズ・バンドのメンバーも同様のことを語っているのだが、これは当時のミュージシャンたちが自分のたちの出す音にのみ集中して、いかに裏方に関心がなかったのかを表している。でも、トム・ダウドはそういうミュージシャンの意識を大きく変えていく。例えば、クラプトン絡みではクリームの名曲「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」の誕生にトム・ダウドが大きく関与していたこと、オーネット・コールマンがエリック・ドルフィーとのダブル・カルテットで残したジャクソン・ポロックの絵も印象的なジャケットの名盤「フリー・ジャズ」では白熱する演奏をその場の気転でいかに途切れなく録音することになったかが語られる(ちなみに彼はプロデューサーではなく、エンジニアとしての参加である)。作品にはその他にも多くのエピソードが満載されている(名プロデューサー
フィル・ラモーンも彼の弟子だった)。
そして何よりも重要なのが、彼がレコーディングにおけるエンジニアの存在を変えたイノベーターであったということである。彼はあの当時は画期的なアルバムといわれたビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が4チャンネルで録音されていたときに、すでに8チャンネルでの録音を開始して10年が経っていたのだった。しかもその8チャンネルのミキサーは自らの手で開発したものである(例えば、つまみ方のチャンネルをスライド式にしたのも彼である)。今でこそ、8チャンネルのミキサーは子供のおもちゃのようなものだが、当時はあまりにも画期的なものだった。トム・ダウドの話を聞き、ビートルズのプロデューサーとして名高いジョージ・マーチンも驚愕したほどなのだ。そのほか、マイクのセッティングの方法、音のバランスの作り方などイノベーターとしてのトム・ダウドの素晴らしさ、面白さ、興味深さには事欠かない。
作品は数々のミュージシャンの証言や貴重なアーカイブ映像(アレサのレコーディング風景、動くデュエイン・オールマン等々)とトム自身の証言により綴られていく。そこでは彼が映画撮影時に関わっていた若手ブルース・マン
ジョー・ボナマッサのレコーディング風景も紹介されている。そして作品のクライマックスは「いとしのレイラ」のミックス作業を自らの手で再現していく部分だろう。「ここでピアノ」、「これがデュエイン、クラプトンのギター」など当時のレコーディング風景を思い出しながら、のってきた彼は「リミックスしたくなってきた」とまで発言する。そのときの彼の楽器を扱うかのようなスライドの手さばきに注目して欲しい。これがあの音楽を生み出したのだ。
この作品のチラシの裏には山下達郎の「まだ20歳そこそこのみぎり、私の持っていたレコードの半数近くはアトランティック・レーベルのものでした。それらのほとんどには、トム・ダウドの名が録音エンジニア、プロデューサーとして記されていました」というコメントが書かれている。僕自身もアトランティック・レコードの中のジェリー・ウェクスラー、アリフ・マーディン、ジョエル・ドーン、そしてトム・ダウドが裏方で関わったレコードを追いかけた口だからその気持ちがよく分かる。トム・ダウドの顔は知っていたが、そのレコーディングがどのように進められ、あの魔法のようなレコードが生まれたのかはほとんど知らなかった。この作品を観て、その謎が少し解けた。今では8チャンネルなんておもちゃで、無限大にチャンネルを加えることが可能だ。でも、チャンネル数が増えたからといって、いい音楽が生み出せるわけではない。この作品の原題は『TOM
DOWD/THE LANGUAGE OF MUSIC』という。ここに詰められたのはイノベーター、天才としてのトム・ダウドの姿であると共に、まさに音楽の話法なのである。すべての音楽ファンは劇場に駆けつけるべき、特に音楽の現場にいる方は見逃してはならないだろう。気になるなら、ぜひ、劇場に足を運んでください。 |