「『ワンダーランド駅で』のブラッド・アンダーソンの新作は不眠症で痩せこけた男を演じるクリスチャン・ベイルが印象的な奇妙でミステリアスな物語」
ボサノバの効果的な使用、美しい映像表現により独特の雰囲気ある世界を作り上げた作品『ワンダーランド駅で』。この作品で多くの観客を虜にした映画監督ブラッド・アンダーソンはこれからのアメリカ映画、インディペンデント映画を背負う偉大なる才能のひとりとして、常に作品が大きな注目と絶賛を浴びている。そんな彼の待望の新作が公開される。それが今回紹介する作品『マシニスト』である。
タイトルの『マシニスト』は“MACHINIST”、機械工、機械技師という意味。もちろん、この作品の主人公は機械工である。機械工が主人公となった理由はこの作品の脚本を書いたスコット・コーサーのちょっとした興味にあった。コーサーは「私の暮らす近所にすごく寂しい場所があった。そこは鉄道線路に沿って並ぶ工場団地で、機械店を通り過ぎて、中をのぞくと、労働者たちが機械作業の延長のような仕事をこなしている。保護用のギアと油で汚れた作業服の裏側にどんな個人的な物語が隠されているのだろう、と私の興味がふくらんでいった」と語っている。この作品の主人公である機械工のトレバーはコーサーが語るような平凡な機械工だ。だが、彼は極度の不眠症のためにげっそりとやせ細っている。彼が定期的に足を運ぶ親しい娼婦などは心配するが、彼のほうは意に介さない。それは眠ることができないだけのことなのだから。しかし、そんな彼の周りに奇妙な出来事が起こり始め、彼の生活を変化させていくというこの物語、彼はなぜ不眠症になっているのか、それは本当なのか、彼の身の回りに起こり始める出来事は何なのかなど非常にミステリアスな要素に満ちている。
コーサーはアンダーソン監督の『セッション9』を観て、彼こそが自分が持っている脚本のビジョンを的確に表現できる監督だと感じていたという。そして、この脚本に出会ったアンダーソン監督もその内容にほれ込み、映画化を決意する。アンダーソン監督はこの作品について「場所も時間も超越した設定にしたかった。どこかモダンなカフカの世界を目指した」と語っている。アンダーソン監督が語るカフカ的な世界の他に、この作品のキーワード的なものとしては脚本家のコーサーが影響を受けたというドストエフスキーの小説、そしてお互いが影響を受けたというポランスキーやヴェンダースの映画があげられている。こうしたキーから浮かび上がってくるものはダークでスタイリッシュで奇妙というところだろうか。いや、他のイメージもあるだろう。でも、誰もがガリガリに痩せた機械工、青白い映像、効果的な音楽などが絡まることでこの作品に奇妙、不安定、ミステリアスな匂いを感じるはずだ。そこに居心地の悪さすら感じる人もいるかもしれない。でも、多くの人はこの奇妙で不安定な物語がどこにどう結びついていくのかに興味をそそられていくはずだ。
出演は『アメリカン・サイコ』のクリスチャン・ベイル、『ジョージア』のジェニファー・ジェイソン・リー、『裸足のマハ』のアイタナ・サンチェス=ギョン、『スキャナーズ』のマイケル・アイアンサイド、『フィフス・エレメント』のジョン・シャリアンなど。この中で特筆すべきは別人のように痩せこけてしまったクリスチャン・ベイルだろう。『アメリカン・サイコ』の演技からベイルを起用したアンダーソン監督だが、撮影に際してはさすがに痩せこけた人物は無理だろうとCGなどの使用も考えていたという。しかし、ベイルはこの役作りのために30キロ(63ポンド)もの減量を果たしてしまった。しかも食事を抜くという方法で。これはベイルの役者根性の表れで、このベイルの体があったからこそ、作品の凄みが生まれたのだが、ベイル自身は「普通に食べられることがどんなに快感か分かった」、「痩せてみると体のエネルギーがないから、すぐに疲れてしまう。そんな肉体の感覚がリアリティーをあたえると思った」と語っている。
作品を観て、最初に衝撃を受ける(しかも最後まで焼きついてしまう)のはクリスチャン・ベイルのガリガリの身体だろう(大体、クリスチャン・ベイルかどうかすら分からない容貌になっているのだからね)。作品では痩せこけた身体を娼婦に自慢げに見せるシーンがあり、これがまた強烈である。そんなベイルの尋常ではない身体を包み込む夢の中、不安、恐れを表すかのような青白い映像の美しさや、作品を章立てしていくかのように使われている音楽などのセンスはまさにブラッド・アンダーソンならではものを感じさせる。特に音楽の使い方はこれから先に起こることを予感、想像させるニュアンスに富んでいて効果満点の素晴らしさだ。様々な現実と幻の境目が見えない出来事が起こっていくことで進んでいく物語、その行き着く先は分かるかもしれないが、そこまでの持っていき方と映像表現のマッチングがこの作品の最大の面白さである。それは実は斬新なようで、古典的な表現と味わいで成り立っている面白さでもある。ミステリアスでスリリングな要素に溢れたこの作品の世界をぜひ、劇場に足を運び、味わってください。
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