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<香川照之の怪演に注目を>
タイトル「クリーピー」(ぞっと身の毛がよだつような、気味が悪い)どおり、居心地の悪さと寒気を覚えるサスペンス映画だ。黒沢清監督が映し出す人間の心理に頷きながら、虚実皮肉の世界にのめりこむ。
主人公の高倉は、元刑事の大学教授で、犯罪心理学を教えている。街の郊外に中古物件を買い、妻の康子と引っ越してきたばかりだ。康子は用意した品を持ち、近所に挨拶回りに行くのだが、お隣からは面倒がられ、その先の西野家の主人にも邪険にされて戸惑う。だが数日後、西野は人が変わったかのように愛想良く康子に近づき、中学生の娘・澪を紹介する。ところがその夕方、高倉は駅前で西野に声をかけられ、いきなり康子の悪口を聞かされる。
ムラのある態度と、突飛な言動、突然トーンを変える口調。香川照之が演ずる西野は、明らかに精神を病んでいる。しかし、笑顔で接触されると、人は決して拒絶できない。そのあたりの主婦の心境が、康子を通して伝わり何とも不快な気持ちになってゆく。
一方、高倉は、6年前に起こった「日野市一家行方不明事件」に興味を抱き、若手の刑事とともに真相を探り始めていた。
うす汚れたブロック塀、工事途中のガードフェンス、雑草が伸びた庭先と古びた門戸など、昭和時代の遺物が殺伐とした雰囲気をかもし出す。取調室や西野家の内部など、セットシーンになると途端にテンションが下がるが、芦沢明子のカメラは、狭い家屋の閉塞感と、近代的な大学の解放感を対照的に撮り上げ、観る者は緩急のバランスにほっとする。
特筆すべきは香川照之の役作りの妙。狂気をはらんだ男の病める人間性を、あの手この手で表現した演技力には驚かされる。正直、TVドラマで見せる彼のオーバーアクトには辟易していたが、今回の”薄気味悪さ”は、香川の顔立ち、体型、声質を生かした見事な演技。西野のまなざしや言動は、魔力のように、観る者を惹き付ける。
<映画コラムニスト 合木こずえ>