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人種や宗教の違いで、愛し合う2人が別れを選ぶ事例はいまだに多い。だからせめて、映画の中だけでも、しきたりや家柄の難関を突破してハッピーエンドになってほしいと願うが、2004年のケン・ローチ監督作品「やさしくキスをして」で、異人種、異宗教の壁が、日本人である私の想像以上に厚いことを思い知った。実話に基づくフランス映画「最高の花婿」(2016)のように、3人の娘全員が外国人との結婚を望み、父親がそれを許した例は希だろう。
今回も主人公は「やさしくキスをして」と同じパキスタン人。アメリカはシカゴで暮らす裕福な家庭の二男といえども、白人女性との恋は前途多難、2人の距離が縮まるに連れ、ムスリムの慣習が立ちはだかる。
弁護士になれという親の望みに反して、コメディアンへの道を選んでしまったクメイルだが、見合い話を持って来る厳格な母親には逆らえない。親への気遣いと、恋人エミリーへの愛の狭間で戸惑う彼は、突然病に襲われたエミリーの入院によって岐路に立たされる。
主人公クメイルを演じているのはクメイル・ナンジアニ本人という驚きのキャスティングだ。これはもともと、俳優兼コメディアンのクメイルの体験記。彼の話を聞いたプロデューサーが、どんなフィクションより奇想天外で面白いと、クメイル自身に脚本を書かせ、主演も任せた。実体験とはいえ、すべてのセリフがウィットに富んで瑞々しく、聡明で前向きな彼と、素直で明るいエミリーの、自然な成り行きが清々しい。画面に流れる爽やかな空気は、エミリーが昏睡状態になっても変わらず、クメイルとエミリーの両親が交わす会話も、辛辣ながらユーモアがあふれ、常に希望の灯りをともしている。観客のテンションを上げたまま、心地良いテンポで物語に引き込み、ラストまで一瞬たりとも飽きさせない脚本の妙。懐かしいアメリカのホームドラマのように、穏やかな気持ちにさせる登場人物の品格の良さ。知性と教養で、異文化や宗教の違いを理解し、何より家族の幸せを願う。我々が心に描く理想の精神が、この映画には息づいている。
クメイルが体験し、復元してみせた、この人間愛の物語は、アメリカで暮らす数多の移民たちを鼓舞し大ヒットを記録した。ポジティブ思考で慈悲深く、行動力のあるクメイルは、彼らの理想像であり、彼らの一部でもあるからだ。クメイルに自分を重ね、声援を送れば跳ね返るように力が湧いて来る。観終わって胸に広がる歓びをかみしめながら、きっと誰もが笑顔で明日に向かうことだろう。
<映画コラムニスト 合木こずえ>