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<あの頃の自分を思い出しながら>
ヒロイン、エイリシュの、そばかすだらけの顔と野暮ったい体型が、十代の頃の自分と重なって、上京したばかりの感覚が一気に甦る。彼女が味わう新天地での、不安と孤独感は、おそらく誰もが共感する思い出だろう。冒頭からラストまで、そんな記憶を呼び起こす緩やかなテンポが心地よい。
1952年のアイルランドは貧しくて、エイリシュは、仕事を選べず、偏見に満ちたオーナーの店で苦痛に耐えていた。見かねた姉は神父に頼み、妹がニューヨークで働けるよう手はずを整える。エイリシュは、母と姉に見送られ大型客船の3等室で船酔いに苦しみながら渡米を果たす。仕事は慣れないデパートの売り子だが、同郷の女性ばかりの寮生活が救い。寂しさと心細さでオドオドしていたエイリシュは、気っ風の良い寮母のおかげで、少しずつ都会暮しに馴染んでゆく。やがて大学の夜間部で簿記の授業を受けるようになった彼女は、同郷人のダンスパーティーで素朴な青年トニーと出会う。化粧ッ気のない顔に紅をさし、トニーの誠実さに心を開き、それが愛だと自覚した頃、故郷から姉が病死したという報せが届く。打ちのめされたエイリシュは、遺された母のために、しばらく故郷に留まるが、そこで昔なじみのジムと再会する。すっかり落ち着いて紳士的にふるまうジムに何度か会ううち、エイリシュは彼に惹かれ始め、トニーからの手紙に返事が書けなくなる。
田舎出の内気な少女が、都会でもまれ、自分の意志で未来を選択してゆく成長の物語。第二次世界大戦後、急速に変化していく社会を背景に、誰もが通過する恋の過程や、家族との別れ、将来への夢と決断が、懇切丁寧に映し出されている。波瀾万丈の人生や数奇な運命が描かれるわけではないが、ひたむきに生きるヒロインの感性がストレイトに伝わって、うなずきながら彼女の日常に引き込まれてゆく。
演ずるシアーシャ・ローナンの、肩の力を抜いた自然体がいい。加えて当時の若い女性らしい太めの体型には真実味があり好感が持てる。ヒロインを取り巻く人々も、人柄が良く魅力的だ。妹想いの優しい姉、エイリシュを大切にするトニー、多感な女性たちを豪快にまとめる寮母や、寛容な神父など、その人物像がセリフの端々や表情に端的に表われ、衣裳やインテリアも含め、隅々まで気が行き届いた脚本と演出を実感させる。
どちらを選べば幸せか。人は様々な選択を繰り返して成長してゆく。たとえそれが、時に衝動的だったとしても、選んだ自分を信じてさえいれば道は開ける。エイリシュの迷いと選択を見届けた後、彼女の未来を想像してみる。その余韻がたまらなく楽しい。
<映画コラムニスト 合木こずえ>