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これは、ブッシュを大統領にした男と言われる、投資会社の社長デビッド・シーゲルと妻のジャッキーの、成功と転落の、まるで物語のようなドキュメント。
投資ビジネスでふくれあがり、巨万の富を築いた夫は72歳、妻は30歳も年下のミス・アメリカ。ただし彼女は大学の工学部を卒業し博士号を持つ才媛でもある。
二人は乳母を雇い、7人の子どもを授かり、夫の連れ子も引き取って計8人の子どもと2,500平米の大豪邸に暮らしていた。さらに二人が望んだのは、8,500平米の敷地とベルサイユ宮殿
を模した自宅だ。
どうしてこんな巨大な邸が欲しいのか理解できないが、二人とも貧しい家に生まれ、お金の苦労をしてきた経験からか、ボーリング場や映画館を備えた金ぴか豪邸を夢に見たのだろう。
映画はひとしきり豪華絢爛な暮らしぶりと、妻の散財ぶりで観客をあきれさせ、タイムシェアのホテル権を売りさばく夫の商法、その手口を明かして、危険な香りを漂わせる。
あのリーマンの手口と同様、中流以下の、あまり数字に強くない夫婦に甘い言葉で誘いをかけて契約させ、あとから支払いで首をしめるやり方だ。
まずべガスの高級ホテルに「無料ご招待」で釣り、私たちはセールスが目的ではないとうそぶき、説明会に出席させる。「なにも買わないわよ」「1セントたりとも払わないよ」などと言い切り、夫婦は説明会に参加するが、帰りは100%が契約締結してゆくという。
月々こんなに安いローンで、夢のようなべガスのホテルに年間十数回も泊まれるなんて。と黒人の妻ははしゃぎ、1セントたりとも払わない、のは正しくも、後日とんでもない支払いに追われるハメになる。
そうやってのしあがり「金がすべて」と仕事にすべてをかけてきたシーゲルは、リーマンショックで呆然自失する。
一気に6,000人もの社員をクビきり、ベルサイユ宮殿もどきは土地付で売りに出し、せめてべガスのホテルだけは死守しようと死にものぐるいで資金集めをし始めるが、彼の味方はいない。
しかし妻は、相変わらずのんきにお買い物。ブランド品あさりにマーケットでのまとめ買い、子どもたちにクリスマスプレゼントをと好きなものをバンバンカゴに入れさせる。
一方で、使用人は解雇し、残された使用人の仕事量は増え給料は減らされ、それでも故郷フィリピンに帰れない乳母だけが残り、物置小屋が一番落ち着くと彼女は笑う。
家の中には何匹ものスピッツのフンが転がったまま。あっまた踏んじゃった。なんて息子は無邪気な声をあげる。
ラスト近く、笑ってしまったのは、急転直下で資金繰りに追われ、苛立ちが募る夫が口癖のように「電気を消せ! 電気を」を叫ぶシーンだ。
ほかに節約すべきところは多々あるというのに、日本のお父さんたちと同様に常に「電気を消せ」と怒っているのだ。
妻に当たり散らし、娘はそんな父を諌めようと「あんまりじゃないの」とくってかかれば、「わかったから電気を消せ」「今おまえはリビングにいただろう。なんで子ども部屋の電気がついてるんだ」と。
その口癖が滑稽で、その吝嗇ぶりが痛々しくて、ああこの富豪は孤独な苦労人なのだと同情心がわいてくる。その昔、電気のない暮らしから脱っして、叡智と努力で会社を興し、べガスに電飾きらめく高層ビルを建てた男にとって、「電気」は「お金」の象徴なのだ。だから節約=電気を消せ、となるのも無理はない。
人間の業と欲を正直にさらけ出した夫婦の、暮らしぶりは虚栄の塊でも、実に虚飾のないドキュメンタリーだ。救いがあるとすれば、妻が不思議なくらい明るくて、常に苛立つ夫の機嫌を取ろうと務めていることだ。夫を愛しているから、いかなる時も寄り添って生きてゆく、と彼女は断言する。
この妻がいる限り、シーゲルには希望がある。
<合木こずえ>