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大都市ムンバイにあるお弁当配達組織ダッバーワーラーをご存知だろうか。ムンバイで働く人々の会社に、毎日ランチボックスを届けるこのシステムは、世界中に轟き渡っている。
妻が作った弁当は、その地区担当の配達人が自転車で集荷に来て駅に運び、そこで目的地別に分けられる。電車に乗せられ各駅に到着した弁当は、再び配達人の自転車にくくりつけられ旦那さんに届けられる仕組みだ。そして空になったランチボックスは再び回収されて、妻のもとに返される。
独身の男性は近所の仕出し屋と契約して弁当を作ってもらい、ダッバーワーラーに運んでもらう。
確立されたこのシステムにミスはなく、ハーバード大学もその合理性と正確さを認めているという。誤配の率は600万分の1だそうだ。
物語はその、ありえない届け間違いから始まる。
自分に関心がなくなった夫の気を惹こうと、ヒロイン、イラはその日、心をこめてお弁当を作り配達人に渡す。ところがお弁当は間違えられて、妻を亡くして早期退職を決めた、保険会社の会計係サージャンのもとへ。彼は契約している仕出し屋から来たものと思い口をつけるが、なんだこの旨さは!と驚く。
イラの夫に届いていたのはサージャンの仕出し屋のボックスで、帰宅した夫に美味しかったかと聞くと、入れた覚えのないカリフラワーがうまかったと言われ、彼女は配達ミスに気づくのだ。
しかし翌日もイラは配達人に何も言わず、「きれいに食べてくれたお礼にパニールを作りました。イラ」と手紙を入れたお弁当を渡す。
その日から、イラとサージャンのお弁当を介しての文通が始まった。
サージャンは最初、あまりの美味しさに仕出し屋に立ち寄り、感動を伝えるのだが、半ばいい加減に作っている仕出し屋はわけがわからず、そうか今日のカリフラワーが気に入ったのかと、毎日カリフラワーを入れる。そのため、イラの夫はカリフラワーばかり食べるはめになるという展開がおかしい。
イラとサージャンは短い手紙に正直な気持ちをしたため、日々距離が縮んで互いにお弁当と手紙が生き甲斐になってゆく。このあたりの描写が実に丁寧で、われわれは二人の心がほどけてゆく過程を、自分のことのようにときめきながら観ることができる。
ムンバイは日本と同様、携帯電話とメールが主流だ。現にイラの夫は、浮気相手との電話に夢中の様子。(まったく腹立たしい)
そんな状況の中で、お弁当に忍ばせた手紙のやりとりの、なんと新鮮で初々しいことか。
夫の浮気まで手紙に書いてしまうイラと、包容力があり、笑わぬ顔の下に隠された素敵な哲学を持つサージャンの、大人の心の交流が愛しい。
ムンバイの人ヒト人の雑多な喧騒や、ドアのないデッキから人々がはみ出す通勤電車に独自の文化を感じながら、イラとサージャンの純粋な、恋に似た想いに、たまらなく懐かしさを感ずる。なんてすてきな物語なのだろう。
サージャンを演ずるのは「ライフ・オブ・パイ」の成長した主人公を演じたイルファーン・カーン。おさえた演技がとても自然で心地よく、舞台出身のイラに扮したニムラト・カウルとの演技のトーンもぴったり合って、どっぷり物語に浸りきれる。
ボリウッド映画とは異なるヨーロッパ的なインド映画に日本人はのめりこむに違いない。
<合木こずえ>