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「ザ・ファイター」は低迷する社会でもがくすべての人に観てほしい作品だ。
主人公はマサチューセッツ州の労働者の町で育ったプロボクサーの兄弟。兄のディッキーはかつて天才ボクサーと呼ばれた伝説のヒーロー。父親違いの弟ミッキーは、兄にボクシングを教わってボクサーになった。
二人を管理する母は、平等に兄弟を愛しているつもりでも小心ゆえに麻薬におぼれた兄への思いの方が明らかに強い。
落ちぶれた兄と、強い母の言いなりで、ミッキーはいいかげんに組まれた試合に出ては挫折感を味わっていた。
そんな彼に転機が訪れる。酒場で働くシャーリーンと恋に落ちたのだ。彼女のサポートで、ようやくミッキーにも光が当たり始めた矢先、ディッキーはつまらぬ窃盗で逮捕されてしまう。
一筋縄ではゆかない人生。どん底から這い上がる根性と、神が与えた幸運。支え合い理解し合う家族の絆。
実在するプロボクサー兄弟のサクセスストーリーとはいえ、物語のアップダウンにハラハラと緊張し、役者たちが内側から発するリアルな空気にすっかり呑み込まれる。テンポの良いカメラワークと、セリフのトーンやおさえた色合いが、ドキュメンタリーを観ているような錯覚さえ起こさせる。
ボクサーそのものの体躯とスパーリングで惹き込むマーク・ウォルバーグは、3年の年月をかけて筋肉と技を身につけ、クリスチャン・ベールは、13キロも痩せて髪を抜き、歯並びまで変えてヤク中男になりきった。いや、なりきるというよりディッキーの人生を生きていると言った方が正しい。
その意気込みは、タイトルバックが出る前に早くも伝わる。
にやけた顔つきでフワフワと町を歩き、いまだにヒーロー扱いしてくれる人々に声をかけ、母親の目を盗んではヤクの巣窟のような家にしけこむ。痩せこけて目もうつろの情けない姿には、精悍なバットマンの面影などかけらもない。
しかし、そんな軟弱男でも、どこか憎めない、手を差し伸べてやりたくなるような甘さとかわいさがあり、母親が怒鳴りながらも溺愛する理由がよくわかる。母性本能をくすぐる"笑顔"のさじ加減を、クリスチャン・ベール自身が把握しているからに違いない。
肉体改造と精神統一、役に挑むその心意気に、演技の神の存在を感ずる。まことに優れた役者だ。
完成披露試写から二週間以上経った今、脳裏に浮かぶのは、町で人々に声をかけるディッキーの人なつっこい笑顔と、刑務所で現実を突きつけられた時の、悲しみと苦悩の表情。
過去の栄光にしがみついて生きる男の悲哀を、デヴィッド・O・ラッセル監督は、実に丁寧に映し出している。
アカデミー賞の助演男優賞は、おそらく彼に贈られるだろう。主演じゃないかと私は思うのだが。
這い上がる男たちの「ザ・ファイター」。リーマンショック以来、いまだ浮上できない人々のモチベーションを上げる起爆剤だ。
(Koz)