「自殺未遂までおこし、表舞台から消えた伝説のバンド ニューヨーク・ドールズのベーシスト アーサー・“キラー”・ケイン。彼自身が語る自らの人生とニューヨーク・ドールズの再結成を捉えたグッとくるドキュメント」
枯れた味わいはブルースマンやジャズマンにはふさわしいけど、ロックは違うと20年以上前は思っていたし、50歳を過ぎてもあのロック・ミュージシャンがバリバリとやっているなんて想像すら出来なかった(ま、今の年齢の自分も想像できなかったが)。でも、60過ぎても精力的的な活動を続けているロック・ミュージシャンは当たり前になってきた。早死にする奴も減ってきた(ように思う)。もちろん、そうした流れの中では埋もれてしまう、消え去ってしまうロック・ミュージシャンも、これを好機と再結成、再活動を開始するロック・ミュージシャンもいる。今回の作品『ニューヨーク・ドール』は70年代の前半に登場し、実質数年で消え去ったバンド ニューヨーク・ドールズのベーシスト アーサー・“キラー”・ケインの人生とニューヨーク・ドールズ再結成の物語である。
まずはニューヨーク・ドールズについて触れておこう。ロックが生まれ持ったシンプルさから重厚長大な傾向にあった1971年、ニューヨークでニューヨーク・ドールズは結成されている。オリジナル・メンバーはデヴィッド・ヨハンセン(vo)、ジョニー・サンダース(g)、リック・リヴェッツ(翌年、シルヴェイン・シルヴェイン(g)に変わる)、アーサー・“キラー”・ケイン(b)、ビリー・マーシア(dr)(1973年にジェリー・ノーランに変わる)。ばっちりと化粧をし、スパンコールの衣装をルーズかつグラマラスに着こなした彼らはそのルックスからグラム・ロックのバンドとして位置づけられもするが、繰り出されていた音はローリング・ストーンズのルーズさを持ったラフでシンプルなこれぞロックというもの。彼らのギグはあっという間に大きな評判を呼び、1973年にアルバム・デビュー。その翌年に2枚目のアルバムを発表するが、ドラッグ、アルコールに端を発したメンバーの脱退などバンド内外のトラブルにより、バンドは1977年に完全に崩壊する(公式には1975年に解散となっているが、その後も残ったメンバーでの活動は続いていた)。このバンドの最も大きな意義は数年後に登場するパンクに対して多大な影響を与えたことである。作品の中でもクリッシー・ハインドは「70年代初頭を照らす唯一の光だったわ」とその存在の大きさを語っているし、ラモーンズのドキュメンタリ映画『END OF THE CENTURY』の中でもメンバーから大きな影響を受けたと語られていた。日本でも某大人気バンド(今はない)のステージアクションはほぼこのバンドの真似だった。
バンド解散後、デヴィッド・ヨハンセンはソロに転向し、バスター・ポイントデクスターとして全米ヒットを飛ばし、音楽だけでなく様々な方面で活躍、ジョニー・サンダースはハート・ブレイカーズを結成し、NYのパンクシーンの牽引車的存在となるなど(1991年にドラッグのため死去)、それぞれのメンバーは音楽業界での成功を手にしていくのだが、アーサー・“キラー”・ケインはそうした成功からは見放されたかのように姿を消してしまう。
この作品は今はロックスターの面影もなく、実年齢(撮影時 55歳)以上に老いた姿で、路線バスに乗り、勤務場所へ通勤している、そんな彼の姿から始まる。彼を往年のロックスターだと思うものは誰もいないし、彼もそのことを語ろうとは思わない。やりたい放題やりまくり、アルコールを手放せなかったアーサー・“キラー”・ケインは自暴自棄の末、自殺にまで陥った人生から抜け出し、敬虔なモルモン教徒として生活をしているのだ。小さなアパートメント、本当に最低限の収入、音楽とは縁のない生活。モルモン教に出会うことで彼は心の平安を取戻したのだった。そんな彼の元にニューヨーク・ドールズ再結成の連絡が入る。彼は質屋に入れっぱなしにしていたベースを仲間の寄付により取戻し(信じられないが、それを引き出す262ドルというお金にすら不自由していたのだ)、大きな不安を抱えたまま、リハーサルへと向かう。実は彼はデヴィッド・ヨハンセンと会うことに不安を抱えていた。バンドの解散という状況、その後のヨハンセンの成功に対し、彼は妬みともいうべき気持ちを抱えていたのだ。でも、その場で彼とヨハンセンは和解する。そしてバンドは再結成のステージを無事に終える。その後のバンドの再活動(現実的に動いている)が噂される中、彼は全ての出来事に満足したようにその生涯を終えてしまう。享年55歳、熱狂のライブを経て、1ヶ月もたたないうちの出来事だった。
作品はアーサー・“キラー”・ケインとモルモン教を通じて知り合った監督が、彼の夢であったニューヨーク・ドールズ再結成の話を聞き、撮り始めたものである。彼自身の口から淡々と語られる人生はスターダムの光を浴びた者の転落とモルモン教による再生である。でも、彼は自分の転落の原因となったロックを忘れていなかった。もう何十年も縁がなかっただろうステージのための派手な衣装が一瞬で様になってしまうのもその頃の血があるからだろう。そして再結成のステージで彼は往年と変わらぬプレイを見せる。そこにはジョニー・サンダースなどあちら側に先に行ってしまったメンバーはいないし、音もあの頃のバンドよりタイトになっている気がする。でも、あの頃に遣り残したことへの気持ちがそこには込められている。それは生き残ったメンバーであるアーサー・“キラー”・ケイン、シルヴェイン・シルヴェイン、デヴィッド・ヨハンセンの表情を見れば分かるはずだ。そして最後のヨハンセンによる追悼の賛美歌は言葉も出ないほど感動的だ。
この作品は伝説と呼ばれたミュージシャンの転落の物語、再結成という意味合いを考える部分では興味深く、ひとりの有名なミュージシャンだった男のドラマとしても面白みを持った作品に仕上がっている。いかにニューヨーク・ドールズが重要だったかということも様々なミュージシャンにより語られる。ロック好きはもちろん、人間に関するドキュメンタリーが好きなら間違いなく楽しめるだろう。ぜひ、劇場に脚を運んでください。
なお、往年のニューヨーク・ドールズの映像としては有名なロック・フォトグラファー ボブ・グルーエンによる貴重な映像を集めたDVD「オール・ドールド・アップ/ニューヨーク・ドールズ」(コロムビアエンタテインメント)が発売されたばかりなので、チェックして欲しい。
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