「韓国の異才チャン・ジン監督による、ポップでどこか軸がズレまくっているような感覚に満ち溢れている、愛に鈍感なダメ男と愛に一途な可憐な女性の癖になる恋愛物語」
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昨年(2005)最もヒットした映画のひとつは『私の頭の中の消しゴム』だった。下馬評が高かった『四月の雪』を軽々と抜き、韓国映画の日本国内における興行収益1となったこの作品は韓国映画らしいテーストに満ちた感動作ではあったが、従来の韓国映画のファンとは違うより幅広い層まで集めることにもなった。今まで敬遠していた韓国映画の魅力にこの作品で触れた方も多いだろう。この作品のように韓国映画といえば、愛、感動、ラブコメという図式があるが、そういった図式にはまり込んでいるようで、完璧にはずれている恋愛映画が公開される。それが今回紹介する『小さな恋のステップ』である。
物語の主人公は将来を期待されていたのに2軍に甘んじているプロ野球選手。それだけでも冴えない人生なのに、そこに追い討ちをかけるように彼女に振られ、その上、医者から人生の余命を宣告されてしまうのだ。その期間は3ヶ月。彼は自暴自棄に陥ってしまうが、最後に知りたいことを見出す。それは“愛”だった。でも、彼女を失った彼にはそんな当てすらない。でも、ほんの目の前の数十歩の距離のところに彼のことをずっと想い続けていた女性が存在していた。
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そんな一途な素晴らしい女性がいるのにこの主人公は一向に気付く気配がない。“愛”を知りたいと願う割にはどうしようもなく“愛”に鈍感な男なのだ。しかもオープニングの彼女に振られるシーンのあっさりさからも感じられるように自分の感情を出すことがどうしようもなく下手なのだ。その割に空想の世界ではその彼女をボコボコにしている。そんな男だから、“愛”に疎くなるのもこれまた当然の結果なのだが、本人は自分の恋愛下手な部分に気付いている気配すらない。でも、ふたりの関係は女性の強引ともいえる押しにより徐々に始まっていく。この恋の接近の様子、数十歩先に暮らすご近所さんであることなど、正にタイトルどおりの『小さな恋のステップ』が始まっていくのだ。
でも、この作品はそんな可愛いだけの恋愛物語には収まっていない。物語の展開、シチュエーションが奇妙奇天烈なのだ。例えば、銀行で家を担保にお金を借りようとしたら、そこで銀行強盗に出くわしてしまったり、家では強盗に入られたりもする。武器を突きつけられる、常人なら震え上がるような状況も、この明日を知ってしまった男は「“愛”とは何なのか?」という質問のみで乗り切っていく。彼には“愛”のことしか頭にないから、野球場の観客の別れ話に耳がダンボの状態になり、自分の職業でとんでもない事態を起こしてしまったりもする。ありえない状況へと物語はどんどんと逸脱しながら、細かいところまで凝った笑いと仕掛けを満載して、男にとっての“愛”という結末へと突き進んでいく。恋愛物語なんだけど、どこか軸がズレまくっているような感覚に満ち溢れているこの作品を表すにはオフビートという言葉が適切なのかもしれないが、それ以上に脱力しながらもポップなという印象が強い。はまってしまったら「もう1度観たいな」と感じさせるような魅力に満ちているのだ。
監督、脚本は今の韓流ブームに先んじた形で日本公開された『ガン&トークス』のチャン・ジン。韓国では演劇、TV、映画など幅広い分野で才能を発揮し、若者からの圧倒的な支持を受けている異才ともいうべき人物である。主演は『ガン&トークス』、『シルミド』のチョン・ジェヨンと『英語完全征服』のイ・ナヨン。男らしい役柄が印象に残るチョン・ジェヨンはここではちょっと抜けたような男を、『英語完全征服』で多くのファンを掴んだであろうイ・ナヨンはここでは可愛らしい一途な女性を見事に演じている。イ・ナヨンはこの作品で2004年青龍賞最優秀主演女優賞を受賞したが、これは納得である。
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本当に変わった恋愛物語に感じられるのだけれども、監督、役者を含めたスタッフたちはこの作品を正統派の恋愛物語と考え、撮影していたと来日時のインタビューで主演のチョン・ジェヨンは語っていた。そう語られると愛に鈍感なダメ男と愛に一途な可憐な女性の恋愛物語としては正統的かもしれない。でも、まわりをくるむオブラートは相当にバラエティー豊かな色彩、厚みに富んでいて、これが今までにない癖になるような恋愛物語の魅力を生み出している。そういった中、余命、選手生命・・・・を乗り越えてたどり着いていくエンディングはちょっと感動的だ。野球場でのありえないあのシーン、あるシーンとの繋がり、そして身近にあった愛に気づき、それをきちんと組み立てていこう、楽しもうというあの終わり方。この微妙な、でも最高の作品には韓国映画の奥深さを感じざるえない。デートムービーとしても最適の暖かさに満ちているので、ぜひ、劇場に脚を運び、「愛ってさー」などと語り合ってください。 |