「脳腫瘍に侵された兄、そのことが生み出す状況に揺れる弟、こうした兄弟の関係を軸に描く、実話ベースのファンタジックで希望に満ちた感動作」
良質なもの、面白いものもあるが、スター主義的な売りから余りにも粗雑なもの(ま、これも受け手によるのだろうが)までが公開されてきた“韓流”の中での韓国映画の勢いは徐々に落ち着きを取り戻してきた感がある。そして、これからは好き嫌いはあるだろうが、一定レベルに達した作品が選ばれ、公開されていくようになっていくはずだ。今回紹介する韓国映画『奇跡の夏』もそういった作品のひとつということが出来るだろう。
この作品は突然の病に倒れた子供とその弟を主人公とした物語である。突然の病=不治の病となると韓国映画のお約束のパターンと感じる方も多いだろうが、この作品はそうした部分をお涙頂戴(例えば、悲恋など)的に描くのではなく、子供たちを中心にファンタジックさを押し出す形で描いている。
作品のベースとなったのは、シナリオライターとして活躍していたキム・ヘジョンのエッセイである。自らの長男が脳腫瘍であるという診断を受け、その闘病の日々のまとめあげたこのエッセイ集は同じ病を共有する患者や家族はもちろん、多くの読者の共感を呼び起こしていった。そうしたエッセイを脚本として書き上げたのは著者であるキム・ヘジョンの妹であり、『カル』などの作品があるシナリオライターのキム・ウジョンだった。この出来上がった脚本を製作会社は多くの人に読んでもらうことで事前のアピールをすると共に、そこからネットを通じ、製作資金をファンド形式で募集し始める。その結果、430名もの方々から総額19億5千万ウォン(日本円で2億3千万円ほど)が集まった。このことは脚本の素晴らしさも物語っているだろう。また、完成した作品は視聴覚に障害を持つ方々に向けなど、その良さをより多くの人に知ってもらうために様々な形での上映が行われてきた。
作品の主人公は子供たちであり、その中でも病気の兄を持った弟にスポットが当てられている。突然、倒れた兄を心配しながらも弟はその具体的な病状を知らず(それは親が教えないからだが)、無茶な振る舞いをして兄を笑わせたりもする。でも、兄にばかり気遣いをする両親の態度にやきもちを焼き、やってはいけないことをしてしまう。かと思えば、兄と同じ病状で入院している男の子に兄を横取りされるのではという心配、嫉妬からその子に対して嫌がらせをしてしまう。普段は喧嘩をしていても、いざという時には頼りにしている大好きな兄が誰かに取られてしまうのではないか、でも、自分のことも忘れないで欲しい、かまって欲しいと、弟の気持ちは直接的に揺れ続けるのだ。そんな弟の気持ちを上手く舵取りするのも兄である。兄は弟が嫌がらせをした同じ病気の男の子の家で夏休みを過ごすことを半ば強制するのだ。嫌がる弟だったが、あっという間にその男の子と打ち解け、邦題にもある“奇跡”ともいうべきファンタジックな出来事を体験していく。そして、全てはこのファンタジックな出来事と弟の気持ちから動いていく。そこからの展開は分かってはいても、じんわりと涙というものになっていくのだ。
正直、有名な役者は全く出演していないのだが、そのうまさは印象に残る。特に子供たちは本当に素晴らしい(韓国映画は子役が本当に上手いと思う)。主役である弟を演じるパク・チビンはニュー・モントリオール国際映画祭で史上最年少(10歳!)での主演男優賞を受賞したほか、韓国のアカデミー賞に当る大鐘賞の新人男優賞にもノミネートされた(同賞にはチョ・ハンソン、イ・ドンゴンなどもノミネートされていた)。また、各国の映画祭に正式招待された作品も高い評価を獲得している。
「泣ける」というコピーは映画への呼び水になっているが、この作品にもそういったコピーが付いてまわるだろう。でも、この作品はそういった「泣ける」のひと言で片付けるべき内容ではない。そこには子供の純真な、一途な気持ち、ちょっとしたことで揺れる心や、苦しみに立ち向かい、死という現実を受け止め、乗り越えながら懸命に生きる姿がきちんと描かれているのだ。それは実話をベースにしているという部分が大きいと思う。そうした部分では病室、手術、医者の処置、説明の様子、子供の治療費のために寝る間も惜しみ働いてきた親の嘆きなどをきちんと捉えようとしている。でも、そういった事実に固執するのではなく、ファンタジックな要素を持ち込むことで、より普遍的に受け入れられるもの、エンタテインメントになっている。そうした部分が生み出す最も大きなものは希望なのである。能天気であろうが、祈るほど深刻であろうが、何ものにも変えがたい希望が繋がり、勇気や共感を生み出していく、そんな作品だ。ぜひ、劇場に脚を運び、その希望を感じ取ってください。 |