「名作『パリ、テキサス』から20年、監督ヴィム・ヴェンダースと脚本サム・シェパードが再びコンビを組み、送り出す、愛と家族の暖かみに満ちた、ロード・ムービー風味のヒューマン・ドラマ」
『パリ、テキサス』、『ベルリン・天使の詩』。30代半ば以降のミニシアター好きにはきっと忘れられない作品だと思う。ミニシアターが次々と誕生していた80年代のアイコン的な作品でもある(もちろん名作だ)、これらの作品を生み出したのがヴィム・ヴェンダースだ。その後も『ベルリン・天使の詩』の続編に当たる『時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!』、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』、小津安二郎への想いを綴った『東京画』、LA3部作と呼ばれる『エンド・オブ・バイオレンス』、『ミリオンダラー・ホテル』、『ランド・オブ・プレンティ』など数々の話題作をコンスタントに発表し、高い評価と熱狂的なファンに迎え入れられているヴェンダース監督の最新作が公開される。それが今回紹介する『アメリカ,家族のいる風景』である。
この作品『アメリカ,家族のいる風景』はヴェンダース監督のファンにとっても、ヴェンダース監督自身にとっても特別なものとなっている。その最大の理由は、この作品があの『パリ、テキサス』の監督ヴィム・ヴェンダース、脚本サム・シェパードというコンビの20年ぶりの復活作であるからだ。ヴェンダース監督は「『パリ、テキサス』での我々のコラボレーションは、互いのキャリアでのハイライトだったから、それを再びやるのを20年近く避けていた。繰り返すことで良いものを壊してしまうのではないかと迷信じみた気持ちや、怖さを感じていたのかもしれない」と語っている。来日時の記者会見でも『パリ、テキサス』はパーフェクトなコラボレーションだったと語っているが、ヴェンダース監督の中ではそうした部分を越えてサム・シェパードとやりたいという気持ちが生じていた。それはサム・シェパード自身も同様だった。だから、この作品は『パリ、テキサス』の呪縛を超えて生まれてきた、長年のヴェンダースのファンにとっては特別なものになるのだ。そして、ヴェンダース監督自身にとってはそういった部分に加え、この作品が自らがこだわっていたアメリカを舞台に描く最後のものになるであろうこと(この作品を撮り終えた後、監督は長年住んでいたアメリカを離れ、ドイツに戻っている)、『パリ、テキサス』でやりたくても出来なかった主演サム・シェパードの実現という特別な想いが込められたものになっている。
物語の主人公は落ち目の役者となったハワード。落ち目の役者であることを自覚しつつもそこから抜け出せない彼は、突然、撮影現場から逃亡する。彼が向かうのは30年以上帰っていなかった母親が住む故郷の家だった。そこで彼は母親から驚くべきことを聞かされる。20数年前に彼の子供を妊娠しているという女性から連絡があったというのだ。天涯孤独の身であると思っていた彼は早速、その事実を確かめるためにデビュー作を撮影した思い出の地へと向かう。そんな彼を映画を完成させるために保険会社が手配した私立探偵も追っていた。
出演は主演のサム・シェパードの他、ジェシカ・ラング、ティム・ロス、ガブリエル・マン、サラ・ポーリー、フェアルーザ・バーク、エヴァ・マリー・セイントという新旧の実力派の面々。誰もが本当に印象的な役を演じている。ヴェンダース監督作品のひとつのキーである音楽はアメリカ音楽界の裏の重鎮ともいうべき、映画ファンには『オー・ブラザー!』のサウンドトラックでも知られるT-ボーン・バーネットが、彼の大ファンでもあるヴェンダース監督のたっての願いから起用され、作品にマッチした印象的なオルタナ的カントリー・ミュージックを提供している。
『パリ、テキサス』もそうであったが、この作品も美しいとしかいいようのないアメリカの風景、アメリカへの憧憬が映し出された、ヴィム・ヴェンダース、サム・シェパードらしいロード・ムービー風味のヒューマン・ドラマとなっている。物語は夢も先もなくなりつつあるひとりの男が自分に血の繋がった子供がいるということを知り、そこに希望を見出そうとしていく部分を描いていく。その背景にはアメリカの原風景ともいうべき中西部の広大な砂漠、そこを突っ切る道路沿いに点在する町並み、カジノ、ダイナーなどが捉えられていく。ヴェンダース監督は「この作品は愛と家族の関係について描いた物語だよ」と語っているが、男の身勝手なダメさ加減に対して、目立つのは女性たちの強さ、しなやかさである。全てをうまく、円滑に進めようとするのは女性たちであり、男はそこに入り込めないことから出会った息子とも喧嘩ばかりし、苛立ちすら感じ始める。それは当然で男は何十年も女たちを、息子も捨てて、勝手気ままにやってきているのだ。それを数日で取戻そうなんて虫が良すぎる話である。でも、その虫の良さを包むのも女性なのだ。その関係は優しさ、おおらかさを感じる大きな変化にも繋がっていく。そして、男の精神が息子たちの世代に受け継がれたとも感じられるラストシーンでは爽快な気分に包まれてくる。
邦題の『アメリカ,家族のいる風景』も作品の持つ味わいをうまく伝えているが、この作品の原題は『Don't
Come Knocking』という。作品を観終わると“今更来るんじゃないよ”というこのタイトルに込められたであろう“今更来るんじゃないよ”というニュアンスが暖かみを持ちながら伝わってくる。
この作品は長年暮らしたアメリカへの決別でもあり、だからこそ美しいアメリカを伝えたかったとヴェンダース監督は語っているが、そうした想いはきっとこちら側にも伝わり、その風景にうっとりとし、暖かい気分へと浸れるはずだ。『パリ、テキサス』から20年、ヴィム・ヴェンダースとサム・シェパードの人生を重ねて厳しさを超えた、優しさに満ちた作品をぜひ、劇場で味わってください。 |