「島に医者を確保するために島民が一丸となって巻き起こす策略。大嘘。ハート・ウォーミングという言葉がすっぽりとはまってしまうカナダ発のヒューマン・コメディ」
郵政民営化は財源、効率化、癒着、ぬるま湯体質など様々な問題が取り上げられているが、一方で小さな村や町に根付いた郵便局がなくなったらどうなるのかという部分も考えさせることになっている。市場経済優先主義に従えば、そんな採算の合わないものは消えて当然だし、街の商店やインターネットがその代わりになっていくという見方もあるだろう。でも、そうならない土地もあるわけだし、そうなったところで実際に以前と同じ形で動くのかは正直、見えてこない。確かにいえることはそういった生活基盤の格差は人口の多い地域と少ない地域では確実に大きくなっていくだろうということだ。市町村合併においてもそういった部分は問題となっていたし、身近なところでは満足な医療が受けられない地域というのも増えている。医者は多いはずなのに、そういった地域に向かう医者が少ないということだ。今回紹介する『大いなる休暇』という作品はそういった医者のいない島を舞台に医者を根付かせようと奮闘する人々を描いたハートウォーミングなヒューマン・コメディーである。
舞台は、カナダのケベック州にある小さな島。過疎化が進んでいるのだろうか、住んでいる住民たちは高齢者が目に付く。そんな住民たちの生活基盤は政府からの生活保護。漁業が廃れたこの島には仕事がないのだ。しかし、島には救世主ともいうべき工場誘致の計画が持ち上がっていた。その最も大きなハードルとなっていたのは必須条件である医者の存在。この島には長い間、医者がいなかった。医者をこの島に招き入れるために、島民たちの奮闘が始まるというこの物語、背景は相当に深刻なはずなのにそういった部分にあまり重さはおかずに、何の因果か、この島に来ざる得なくなった若き医者とその医者を何とか根付かせようとする島民のあの手この手の珍策略を面白おかしく描いていく。
この作品はアカデミー賞外国語映画賞など様々な賞を受賞した『みなさん、さようなら。』と同じ年(2003)にカナダで公開され、その年のカナダ国内の興行成績の第1位を記録している。テーマとして、尊厳死という問題が大きく取り上げられている背景があるから『みなさん、さようなら。』の方が世間的には訴えるものがあったということだろうが、作品はどちらも甲乙つけがたい素晴らしい内容となっている。デヴィッド・クローネンバーグ、アトム・エゴヤンくらいであまり大きな注目されなかったカナダ映画だが、こうした作品が売れてくるということで、より大きな注目を向けてもいいのではないだろうか。
この作品『大いなる休暇』を監督したのは、これが初の長編作品となるジャン=フランソワ・プリモ。CMディレクターとして、カンヌ広告映画祭での受賞など高い評価を獲得してきた人物である。元々はカメラ・アシスタントとして『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』など様々な作品に係わり続けていた彼にとって映画を撮るのは大きな夢であったが、これだ!という脚本に巡りあえずにその夢を諦めかけていた頃にこの作品の脚本に出逢う。脚本に魅了された彼は製作にすぐさま連絡を取ったほどだったという。その脚本を手掛けたのはカナダではスタンダップ・コメディアンとして圧倒的な人気を誇るケン・スコット。近年は脚本家としても活躍し、ヒット作を生み出している。日本公開はこの作品が初めてであるが、今後要注目の脚本家のひとりになるのではないだろうか(スタンダップ・コメディ出身ということで脚本だけでなく、役者(この作品にもちょっと出演)、監督としても期待できるかな)。
映画という作り事の世界とはいえ、背景にある不況はそこかしこに横たわる現実的な問題である。この島にとって医者が根付くか根付かないは生死の境目でもあるから、それはやりすぎだろうというような、とにかくなんでもありの策略が繰り出されてくる。要は詐欺みたいなものである。しかもそれを引率するのが善良そうな年老いた島民たち。百数十人の島民一丸となってのこの“大嘘”がとにかく面白い。例えば、医者がやってくるにあたり、何か“売り”をつくらなければとなったときにクリケットというアイデアが出る。クリケットのことなんて一つも知らない島民は島唯一のインターネットに接続している誰も通わない学校のパソコンでクリケットを検索し、なんとなく形を整える。で、医者が島にやってくる日にボコボコの土地でクリケットに興じているふりをするのだが、医者はクリケットの熱狂的なファンで、それは好印象を医者に与えるんだけど、その後の処理にてんてこ舞いしてしまう。その他のことでもこういった状況が続くのだが、それういった“大嘘”がうまくいっているうちはいいものも、うまくいかなくなったら、仮に医者が島に根付いてくれたころでその状態を一生続けるのかという問題も生まれてくる。でも、根付いてくれなかったら、この島はなくなってしまうかもしれない。どちらにしても究極の選択。でも、こうしたことがどういう結果を生むのかは自明の理でしょう。そういった部分を経てのエンディングも本当に素晴らしい。
有名な俳優もスタッフもいない作品というのは大きな“お勧め”という烙印でも押されない限り、なかなか足を運べないかもしれないが、この作品『大いなる休暇』は、観れば誰もが温かい気分に浸れる“拾いもの”と(個人的に)断言できる作品だ。監督はこの作品について「嘘と真実の物語だ」と語っているが、嘘もその気持ち次第ではうまく機能する、その気持ち自体をうまく伝えることもあるんだよね。久々に登場したハート・ウォーミング・コメディという言葉がすっぽりとはまってしまう作品。ぜひ、劇場に足を運んでください。
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