「女性陶芸家の草分けであり、骨髄バンクの立ち上げにも尽力した神山清子半生を描いた女性の強さに満ちた感動作」
小学生の頃、学校の図書室や町の図書館でよく読んだ本の種類に“偉人伝”というものがある。今ではその内容もほとんど覚えていないのだが、「野口英世」、「キュリー夫人」、「ワシントン」、「リンカーン」などの“偉人伝”というものをよく読んだ記憶だけは残っている。これって僕だけではなく、誰もが経験していることだと思う。なんで“偉人伝”を読んだのかという理由も良く分からないのだが、偉人になりたかったわけでもないし、成功術なんて学ぼうと思うわけもないので、考えられることといえば、読みたい本がなかったこと、その人物になぜか興味があったということだろう。そんな“偉人伝”をよく読んだ撲は、今は興味のある人物のバイオグラフィー、伝記を結構読み、伝記的な映画を楽しむ。伝記というものは、書き手の見方が変わるだけでこうも変わるかという部分があり、面白い。それに伝記が書かれる人物は大体が破天荒な生き方をしているのでそれだけでも面白いものだ。映画でもその人物の人生や半生を描いた作品は、面白みや感動に満ちているように感じることが多い。今回紹介する作品『火火』もそんな人物の半生に関する作品である。
この作品の主人公は、陶芸家の神山清子である。彼女は滋賀県信楽町の日本を代表する焼き物である信楽焼において、古代穴窪に想を得た独自の穴窪により、もう再現が不可能とされていた信楽自然釉を再現し、高い評価を受けた陶芸家である。この信楽自然釉の再現が成功するまでの彼女の道のりは、離婚、貧乏の中での子育てなど困難の連続だった。そういった中でも、彼女は信楽自然釉を再現するという自分の意思を貫き通していく。こうした人生だけでも並大抵のものでもないが、信楽自然釉の再現で大きな賞賛を受けた彼女に、陶芸家を志していた息子が白血病を発病するという事態が襲いかかる。息子の命を救うために、彼女は白血病、骨髄移植などの勉強を重ね、周囲の協力で息子のドーナー提供者捜し、同じ病気を抱える患者のために尽力する。こうした彼女の運動が、現在の骨髄バンクの設立へと繋がっていくのだ。この作品『火火』はこうした彼女の半生を、前半部では陶芸家として成功するまで、後半部では息子の命を救うために尽力する姿として描いていく。
出演は、神山清子役に田中裕子、清子の長男役にこの作品がデビュー作となる窪塚俊介(窪塚洋介の弟)、その他、岸部一徳、石田エリ、池脇千鶴、黒沢あすか、遠山景織子など。監督と脚本は『TATTOO(刺青)あり』、『光の雨』の高橋伴明が担当している。
この作品の脚本について「神山清子に自分自身の亡くなった母親を重ねて書いた」と語っている高橋伴明監督だが、少年期に父親を亡くした高橋監督自身も母親の手ひとつで育てられてきたという過去を持っている。そういった自ら経験してきたことが、やはり女手ひとつで子供を育ててきた神山清子の強さと重なる部分があったのだろう。貧乏のどん底にあろうが、折れることを知らない神山清子の持つヴァイタリティーの強さ、その描き方に共感し、圧倒される作品である。自分が求めた焼き物のために貧乏、周りの反応などを苦ともせず、突き進んでいく前半、白血病となった息子の命を救うために私財を投げ打ってまで奔走する後半、本当にグイグイと物語の中に引き込まれていく。骨髄バンクに繋がる話などというと説教臭さを感じる向きもあるかもしれないが、そういった部分は一切なく、ここにあるのはひとりの女性の真摯な生き方だけである。そういった部分で、この作品は女性の強さへの賛美になっているし、こういう立場に自分がなったら、ここまで行動するのだろうかという部分を考えさせる作品にもなっている。そういった高橋監督の演出はもちろん、神山清子のヴァイタリーティーを演じきった田中裕子をはじめ、窪塚俊介、岸部一徳、石田エリなどの役者の演技も本当に素晴らしい作品だ。この役者陣がいなければ、ここまでの作品になったかどうかも難しいところだろう。最後まで、ひとりの女性としての強さを貫き通す神山清子(田中裕子の演技)の生き方にに感動が止まることがない作品である。ぜひ、劇場に足を運んでください。そして、彼女の生き方はもちろん、骨髄バンクについても考えていただければと思います。
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