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ジェシカ・チャスティンがまとう深紅とミア・ワシコウスカの白いドレスの対比、間に立つトム・ヒドルストンの群青の衣裳。カメラ目線のインパクトあるチラシに釘付けになった瞬間から、観客はギレルモ・デル・トロの世界に惹き込まれる。現実から全くかけ離れた世界への好奇心と、恐怖心がせめぎあう高揚感は、遠い昔、はじめてグリム童話の絵本を開いた時の興奮を思い出させる。
20世紀初頭のニューヨーク。霊と通じ合う能力を持つイーディスは、金融業の父親と優雅に暮しているが、亡くなった母親の幽霊につきまとわれていた。ある晩、母の幽霊が枕元で囁く。「クリムゾン・ピークに気をつけなさい」と。数日後、父親の会社にイギリス人の実業家トーマスと姉のルシールが融資を頼みにやってくる。イーディスは初めて会った時からトーマスに惹かれるが、父親はトーマスの素性を探り融資を断る。その直後、父親が謎の死を遂げた。イーディスは傷心のままトーマスの求婚を受けてイギリスへ渡る。トーマスとルシールが住む屋敷は、辺鄙な丘陵地帯にあり、そのあたりは冬になると、雪の上に血のように赤い粘土の色素が染み出すことから“クリムゾン・ピーク(深紅の山頂)”と呼ばれていた。
小津安二郎監督が、徹底して日本の様式美にこだわったように、ギレルモ・デル・トロ監督は、豊富な知識を生かして、ビクトリア朝時代のゴシック建築と装飾をみごとなまでに再現した。舞台となるアメリカとイギリスのカラーイメージをはっきり分けてデザインされたインテリアは、細部にわたり作り手の技とセンスが光り、観るものを画面の中へと誘い込む。アメリカの家は“タバコと黄金と豊かなセピア色”を基調に進歩と生命力を打ち出し、イギリスの“クリムゾン・ピーク”の屋敷は、正反対に、すべての生気を削ぐような配色だ。特に監督が葉叢(はむら)から触発されたという青緑色の壁や天井がじわじわと恐怖を煽る。玄関ホールから寝室まで、神秘的な空間にどっしりと置かれたソファーやベッドは、かつての栄華を匂わせるが、絹やベルベットの質感が伝わるカーテンやタペストリーはすり切れて、頽廃の哀れが漂う。イーディスの視線でその中に身を置けば、背筋が凍り付き足がすくむ。しかし彼女は勇敢にも、この屋敷に隠された謎を探り回るのだ。
配役もいい。イーディス役のミア・ワシコウスカは、その強い意思を持った眼差しと、バレリーナのしなやかな手足で、恐怖に立ち向かい、ジェシカ・チャスティンは、重い過去に囚われたルシールを妖艶に演じて、愛に執着する女の業を表出する。そしてトム・ヒドルストンの、えも言われぬ危険な香り。ドラキュラ伯爵を思わせる、その艶めいた瞳で見つめられれば、一瞬で忘我の螺旋に惑うだろう。
そして、彼らの衣装も芸術的だ。監督は「我々は衣装を建築し、建物を仕立てるんだ」と衣装デザイナーに語ったというが、背景と同様、アメリカとイギリスの象徴を基に、シーンや心情に合わせて作られたドレスは、ラインや色、刺繍の柄、小物に至るまで意匠をこらし、意味を持たせて画面の中で息づいている。
古典的なゴシック・ロマンスに恐怖のサスペンスを織り込んだ、世にも美しいデル・トロ監督の世界に、私はずっとしびれている。
<映画コラムニスト 合木こずえ>