ある日、見慣れないボールを持った先生がやってきた。 それは、僕らにとって、とてつもない革命のはじまりだった。
1874年、帝政ドイツの歴史ある都市ブラウンシュヴァイクに、若き英語教師コンラート・コッホがやって来た。名門カタリネウム校の進歩的なメアフェルト・グスタフ校長に、留学していたオックスフォードからドイツ初の英語教師として招かれたのだ。4年ぶりに母校に帰って来たその手には革製のボールがあった。イギリスで親しんだサッカーのボールだった。
ところが、生徒たちはイギリス=英語に強い偏見を持っていた。そこでコッホは英語に興味をもたせるため、授業にサッカーをとりいれた。サッカー用語を通じて英語を学び、同時に子供たちの階級や国籍に対する差別意識に対し、公平に敵味方なく敬意を払う “フェアプレイ”の精神や、仲間を思いやる“チームプレイ”の大切さなども教えていく。外の世界に触れず、日々の生活に疑問を持つことなく過ごしていた生徒たちも、徐々にサッカーの虜となり、戸惑いながらも、自らの意志を持ち、選んだ道を歩んでいこうとする。しかしコッホのこの型破りなやり方は、多くの敵を作ることとなり、規律と慣習のみを信じる教師や親、地元の名士たちは何とかしてコッホを学校から排除しようとする。そんな中、生徒たちは自ら立ち上がった―。