幕末の動乱期、京都に新撰組さえ恐れる若き薩摩の侍がいた。彼の名は中村半次郎。生まれは貧しい下級武士の家柄。痩せた土地で唐芋を作り母と妹を養い、周囲からは「芋侍」と蔑まれながらも、その志は忘れず武道に打ち込む日々を送っていた。
折りしも欧米列強が開国を迫り、日本の独立が脅かされている頃。半次郎は薩摩の若き侍たちの中心的存在・西郷吉之助が京に上がると聞いて、自分も加えて欲しいと願い出る。面会の場で、同席した大久保一蔵から請われ、半次郎は剣の腕前を披露する。薩摩自顕流独特のトンボの構え、猿叫と共に立ち木に打ち込む半次郎。それをじっと見つめる西郷。半次郎は問う。「侍らしく“義”の為に死ぬには、どげんしたらよしごわすか」 その後、終生を共にする運命の二人の出会いであった。
上京した半次郎の名はたちまち世間に知れ渡る。学は無いが、人並み外れた度胸の良さと剣の腕で重用され、ひたむきで大らかな人柄が志士たちに慕われた。薩摩藩を支援する煙管屋・村田屋伊兵衛宅で、同じ侍の気概を持つ薩摩藩士・永山弥一郎と意気投合し、二人は肝胆相照らす仲となる。そして村田屋で半次郎はもう一人、生涯忘れられない人と出会う。伊兵衛の一人娘・さとである。
倒幕の機運が高まり、半次郎は弥一郎と共に戦地へ赴く。圧倒的な幕府軍の前に、薩摩軍は窮地に陥るが、命を顧みない半次郎の果敢さは劣勢を跳ね返し、幕府軍を討ち破った。戊辰の戦役で数々の武勲をたてた半次郎は、明治新政府の陸軍少将にまで上りつめ、その名を桐野利秋と改める。侍として生きることを心に決め、故郷を出て7年の月日が経っていた。
理想に燃えて作ったはずの明治新政府だったが、元勲たちの奢侈と腐敗ぶりには目を覆うばかり。憤慨した半次郎は遣韓論争を巡る大久保との権力闘争に破れて下野する西郷と共に、故郷・薩摩に帰る。維新の理想をふたたび胸に半次郎は田を拓き、機の熟するのを待つ。
50年ぶりの雪が桜島を覆った日、半次郎は弥一郎と共に1万3千の薩摩軍を率いて東上した....。