1943年、世界各地で戦局が激化して行く中、一人の傷病兵が帰還した。両手足を失い、変わり果てた姿となって。彼の名は黒川久蔵。日の丸を背負い、勇ましいバンザイのかけ声とともに戦地へと送り出されたかつての軍人は、激しい戦闘の末、四肢を失って妻・シゲ子の元へ送り返されてきた。首には勲章をぶら下げられ、「軍神」と村中から讃えられるが、しかし、その耳はもう何も聞かず、その口は言葉を失い、ただひたすら、毎日、妻が口に流し込んでくれる粥を食べ、シモの世話を妻の手に委ねていた。彼のぼんやりとした視線の先にあるのは、かつての武功を讃えた新聞の記事と国からもらった勲章だった。
シゲ子は、「銃後の妻の鑑」として、献身的に久蔵の世話をした。かつて「石女(うまずめ)が!」と自分をののしり、殴り、蹴り上げた、その声も手も足も失った夫の体を拭き、食事を食べさ、求められればその性欲を満たした。シゲ子の胸に、冷たい風が吹きぬけていく。食べて、寝て、食べて、寝て、食べて、寝て…。
稲穂が頭を垂れる秋、そして冬から春へ。敗戦が色濃くなっていく中、久蔵の脳裏にフラッシュバックしてきたのは、かつて大陸で犯した女たちの悲鳴、刺し殺した女たちのうつろな目、女たちの体を焼き尽くす炎。久蔵の中で何かが崩れ始めていく。
そして、久蔵とシゲ子、それぞれに敗戦の日が訪れる……。
新着映画情報
『キャタピラー』
配 給 : | 若松プロダクション、スコーレ株式会社 |
---|---|
公式HP: | 別ウィンドウで公式HPを表示 |
公開日: | 2010年08月14日 |
映画館: | テアトル新宿、ヒューマン トラストシネマ有楽町ほか全国順次公開 |
寺島しのぶ |
製作・監督:若松孝二 |
2010/日本/DTS/84分 |
正義のための戦争が、どこにあるのか!
1960年代の日米安保反対闘争から72年のあさま山荘での銃撃戦へと至るあの時代、若者たちの生き様を描いた「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」から2年。若松孝二は新作「キャタピラー」を完成させた。連合赤軍の若者たちの親たちの時代、太平洋戦争のさなか、手足を失って帰還した傷病兵とその妻の物語である。
全編を貫くのは、若松孝二の叫びである。「正義のための戦争が、どこにあるのか!」 戦争とは、人間が人間に、犯され、切り刻まれ、焼かれることだ。人が人を犯し、切り刻み、焼き殺すことだ。
忘れるな、これが戦争だ、と。
☆2010年 第60回ベルリン国際映画祭最優秀女優賞(寺島しのぶ)受賞!
(c)若松プロダクション