許されぬ恋の始まりでした。
江戸時代の東北の小さな藩、海坂。満開の桜の下、以登は一人の若い武士と出逢う。身分は下級ながらこの藩随一の剣士である江口孫四郎。自らも男に劣らぬ剣を遣う以登は数日後、ただ一度だけ孫四郎と竹刀をまじえる。女と侮ることなく、その家柄におもねることもなく、まっすぐに以登の剣と向き合う孫四郎。激しく竹刀を打ち合いながら以登の胸を焦がしていたものは、生まれて初めて感じる熱い恋心だった。
しかしそれは、決してかなうことのない恋だった。以登には家の定めた、片桐才助という名の風采の上がらない許婚がいた。意に沿わぬ人と結ばれゆく自分の運命に抗うことなく、以登は静かに孫四郎への思いを断ち切り、江戸に留学している許婚の帰りを待ち続ける。剣を置き、自分の娘時代、人生における「花の季節」が過ぎてゆくことを淋しく感じながらー。
数ヶ月後、海坂に冷たく白い雪が降り始めた頃、以登の元に突然の報が舞い込む。藩の重鎮である一人の男から謀られた孫四郎が、窮地に陥った末、ひたむきさ故に自ら命を絶った…。
そのあまりにも卑劣な行いに再び以登は剣を手にする。孫四郎との思い出のために、人として守るべき「義」を貫くために。そして、その以登のやるせなさを、憤りの奥に隠れた切なさを温かく見守り、そっと手をさしのべたのは、江戸から帰ってきた許婚、片桐才助だった....。