2002年、ニューヨーク。年季の入ったレコーディング・スタジオで、ブロンクス訛りの中年女性がカメラに向かって語り始める。「エクトルはスターになるために生まれてきた根っからの歌手だった。彼はすべて手にしていた。この私もね。でも彼は自分が人々にどれだけ愛され、求められているかを知らなかった。知ろうともしなかった…」
1963年、歌手になることを夢見てプエルトリコから新天地ニューヨークにやって来たばかりの17歳の青年、エクトルは、ラティーノ地区のナイトクラブに足を踏み入れる。マンボ、ルンバ、プレナ、ジャズ、メレンゲ…あらゆる音楽の熱気をミックスしたバンド演奏に合わせて男女が踊るその光景にたちまち溶け込んだ彼は、数ヶ月後にはステージで客の歓声を浴びるようになっていた。エクトルの繊細で伸びやかな歌声は、ラテン音楽のモータウンを目指す新進レーベル「ファニア・レコード」のジョニー・パチェコとジェリー・マスッチの耳にも留まり、彼は売り出し中のトロンボーン奏者、ウィリー・コローンが率いるバンドにボーカリストとして参加することになる。その際、ファニアのスタッフはエクトルの苗字を、本名のペレスでは平凡過ぎるという理由で、フランス語で声を意味するラボーと命名。67年、ストリートのワルのイメージを打ち出したファーストアルバム「El Malo」は熱狂とともに迎え入られ、エクトルは瞬く間にスターへの階段を駆け上がっていく。
しかし、輝かしい成功の裏で、エクトルの私生活は波乱の連続だった。ニューヨーク生まれの美しいプエルトリカン女性、プチとの間に息子を授かり結婚するも浮気を重ね、そして何よりもヘロインをはじめとするドラッグが、彼の不安定な心と身体を蝕んでいった。仕事場でも遅刻をくり返し、ついにエクトルはウィリーからコンビ解消を言い渡されてしまう。それでも、一旦ステージに上がれば最高のパフォーマンスを見せるエクトルに、ウィリーをはじめとする音楽仲間やファンは熱い期待を寄せ続けるのだった。
77年、ソロのボーカリストとして、またファニア・オールスターズのボーカリストとして世界中を廻り、NYサルサシーンを代表する顔となっていたエクトルは、ルベン・ブラデスという若いミュージシャンがエクトルのために書いた曲『エル・カンタンテ』に出会う。エクトル自身を表現したその曲は、彼の代表曲となった。
新着映画情報
『エル・カンタンテ』
配 給 : | アートポート |
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公式HP: | 別ウィンドウで公式HPを表示 |
公開日: | 2009年07月25日 |
映画館: | シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー |
マーク・アンソニー |
監督:レオン・イチャソ |
2006/アメリカ/ヴィスタビジョン/ドルビーデジタル/114分/R-15 |
“サルサの声(ラ・ボー)”と呼ばれた男、エクトル・ラボー。 全身全霊を音楽に捧げ、人々の夢や希望や苦しみを一身に受けた彼の歌は、私たちの心をわしづかみにする。
ニューヨークに暮らすプエルトリカンらカリブ系移民の哀しみや望郷の念から生まれた音楽、サルサ。その黄金時代を築き、死後15年経ったいまなお“歌手の中の歌手”としてラテン音楽界に影響を与え続けているエクトル・ラボーの生涯を、現代のラテン系トップスターたちが完全映画化。
自分たちのルーツ、ラテン音楽の偉大なアーティストであるエクトル・ラボーの歌を現代に蘇らせたい!。「エル・カンタンテ」は、ジェニファー・ロペスのそんな情熱から生まれた映画である。女優・歌手としてショウビズ界のトップに君臨しながら、一貫してニューヨリカン(NYのプエルトリカン)魂にこだわってきた彼女は、自身の製作会社、その名も<ニューヨリカン・プロダクションズ>の第一回作品に本作を選び、エクトル役にサルサ界の若き帝王、マーク・アンソニーを指名。当代随一の歌唱力と表現力を持つ人気歌手にして、ポール・サイモン演出のブロードウェイ舞台やマーティン・スコセッシ監督の「救命士」などに出演する俳優でもあるマークは、エクトルの色気とステージカリスマを完璧に体現し、映画を成功に導いただけでなく、サントラ盤をビルボード・ラテン・チャートで堂々の一位に送り込むという快挙をも成し遂げた。中でも、エクトルの代表曲『エル・カンタンテ』を哀切にじませて歌い上げる場面は、観客にエクトル・ラボーの人となりやクラシック・サルサの魅力を余すところなく伝えてくれる。