語り尽くせないほどの「ありがとう」 隣にいるのが当然だった。あなたのかけがえのなさに、ようやく気づく
橘孝平とちひろは、孝平の定年退職を期に、離婚を決めた。高度成長期、仕事に打ち込み、野心家のエリートとして大手建設会社の重役にまで上り詰めた孝平。これからは、恋人の夏美が経営する建設事務所で、若いスタッフと共に今まで培った経験を存分に生かすつもりだ。ちひろは、父親に言われた相手と結婚し30年、愚痴をこぼすこともなく家族に尽くしてきた専業主婦。孝平の退職日、お頭つきの鯛の刺身と手料理を食卓に並べ、帰りを待っていた。まもなく、身ごもった娘のマキが同棲中の八木沼を連れ、父親の退職祝いにかけつけた。しかし、孝平は今日も家に帰ってこない。
口げんかの絶えない魚屋夫婦、正彦と光江。正彦に糖尿が見つかってからは、定期的に病院に通っている。担当医の静夫の指示に従い、光江は夫の食事に気を遣い、毎晩のウォーキングを欠かさない。そんなある日、正彦は楽器店のショーウィンドウに、ポール・マッカートニーも使っていたギター、かの名器マーチンが飾られているのを発見。何を隠そう青春時代、2人はビートルズに熱中。光江は集団就職で上京、職場の先輩と追っかけをしていたコピーバンドのヴォーカル・正彦に口説かれ、一緒になったのだ。憧れの名器に見惚れる正彦。マーチンの値段27万円!未だに手は届きそうにない。
医者の静夫は、5年前愛妻を亡くし、今は高校受験を控える娘・理花と2人暮らし。かつて海外ドラマのベン・ケーシーに憧れて医者になり、大腸菌の研究に没頭するも、アメリカの研究チームに先を越され出世コースからは脱落。どうにも冴えない人生を送っている。しかし近頃は、海外医療小説の監修依頼をしてきた翻訳家・麗子と会えるのを楽しみにしている。一方の麗子も、静夫の実直さに好感をもっていた。細菌の話になると、人がかわったように熱弁を振るう静夫の姿に年甲斐もなくトキメくのだった。
人生の分岐点に立って、2組の夫婦と1組のカップルは・・・。