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『送還日記』

配給:シグロ、シネカノン
オフィシャルサイト:
http://www.cine.co.jp/soukan/
この映画の予告編はこちらから


キャスト スタッフ データ


監督、編集、構成:キム・ドンウォン
構成:リュ・ミリェ
撮影:キム・テイル
    チョン・チャンヨン
    チャン・ヨンギル
    ビョン・ヨンジュ
    オ・ジョンフン
    ムン・ジョンヒョン
音楽監督:イ・ジウン

2003/韓国/35o/ビスタサイズ/
モノラル/2時間28分

※プレゼントがあります。
締め切り:3月12日(日)
(※公開日の決定後、締め切りが
早まる可能性もあります)


イントロダクション
「この10年間で最も優れた映画など尽きることのない賞賛を浴び続ける、ひとりのドキュメンタリー映画監督と北朝鮮のスパイと呼ばれた老人たちの12年間にわたる人間的な交流を描いた、様々な想いを感じさせられる傑作ドキュメント」
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 先日(2006年2月4日から8日)開催された、国交正常化に向けての日本と北朝鮮の並行協議は完全なる平行線の末、利害の一致をみることなく物別れに終わった。結局、そこで再び大きな動きを示してきたのが、経済性などを含めた北朝鮮への圧力による措置である。その一方、先日開幕したトリノ・オリンピックでは北朝鮮と韓国は今までのこうした国際的な大会と同様に“統一旗”を先頭に“コリア”として入場した。スポーツマンシップは国境を越えるということなのかもしれないが、拉致問題、ミサイル問題など様々なことが渦巻くの中で、その関係性の差を感じる、ある意味で対照的な出来事が短いスパンで提示されたともいえるだろう。そうした韓国の人々にとっての北朝鮮を感じることができるひとつの作品が公開される。それが今回紹介する『送還日記』である。
 『送還日記』が描くのは歴史、政治、国家に翻弄された部分を越えた人間たちの交流のドキュメンタリーである。主人公は北朝鮮のスパイとして囚われ、激しい拷問を受けてきた今は老人となった男たちと、この作品の監督であるキム・ドンウォンである。元々、社会的な関心からドキュメンタリー監督となり、真摯な作品を撮り続けていたキム・ドンウォン監督だったが、この北のスパイたちに関しては最初から撮る気満々であったわけではない。作品の中でも語られているが、最初は出所した彼らを運ぶ運転手も兼ねた役を頼まれただけだったのだ。ただ、生来のドキュメンタリー監督としての好奇心が彼にカメラを持たせたのだった。結局、この好奇心は12年間という期間、800時間以上の映像へと繋がっていく。タイトルである『送還日記』の“送還”(南北共同声明により生まれた北朝鮮への帰国)がなければ、この繋がりはまだ延々と続き、この作品は完成していなかったかもしれない(実際、この作品は未完成という形ながら、2003年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で正式上映されている)。しかし、監督が追い続けた北のスパイと呼ばれた男たちは“送還”と呼ばれる帰国を求めていたのだから、映画は最良の形で幕を閉じたともいえるだろう(その後も無理やりに政治的信条を転向させられた者たちが帰国を求め、運動している)。
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  監督がそうした形で彼らの撮影を始めるのは1992年である。すでに老人とはいえ、彼らは北のスパイで、どんな拷問にあおうが政治的な信条を変えなかった強者たちである(逆に思想を転向させられ、それを後悔する人物も出てくる)。逢うのは怖さ半分、興味深さ半分だが、会ってみたら彼らは普通の人間、老人だったということに監督は気付く。結局はそのことが監督を12年間という長期にわたる交流へと結び付けていくのだ。そこに生まれるのは親子のような親愛の情であるのだが、その親愛の情すら理解できない部分は最後まで残っていく。ここをひとことで表せば、政治信条ということになる。これだけは親子のような関係を築いた監督にも理解できないのだ。
  作品は監督のナレーションに乗せ、出会いから送還後までの映像が年代別に映し出されていく。余りにも過酷な刑務所での拷問、それでも思想を転向しなかった理由、耐え切れず思想を転向したものの悔い、韓国の支援者との交流、楽しげに歌を歌う様子、歳をとっても女性に優しい、女たらしの姿、帰国への運動、同僚たちの死、そこにいる家族からの拒絶(※韓国出身で北に渡りスパイになった者もいる)・・・・。酒を飲みながら楽しそうに語らう姿があるかと思えば、あまりにも頑なな姿もある。北朝鮮の状況がだんだんと苦しくなる報道がされるにつれ、そうした頑なな姿勢が目立つようになるのだが、彼らは過酷な拷問を受け、30年以上も牢獄に入れられ続けても思想を変えなかった人々なのだ。現実を受け入れろという方が難しいだろう。その辺りについては監督も「また始まった」などと、もうどうしようもないなという心情のナレーションを何度もかぶせている。
  この作品を政治的なものとして受けとめらられることを監督は好んでいないようだ。かといって、この作品から政治的な部分を抜き取れないのも事実である。監督は彼らの家族に会いたい、故郷に帰りたいという気持ちを受け取り、帰国運動にかかわったことから警察に逮捕までされてしまう。監督の良心は政治的な絡みから押さえ込まれてしまうのだ。北朝鮮に帰国をした彼らは英雄として最高の歓迎を受けるのだが、ここにも「なんかおかしいな」と感じる政治が入り込んでいる。そもそも彼らがスパイとなったのも政治があったからである。政治的信条を転向しなかった彼らには保険も住民登録もない。これも政治だ。でも、監督は人間として彼らと付き合い、人間として援助しようとし続けただけなのだ。その部分は確実に伝わってくる。だからこそ、この作品は考えさせられ、胸を打ってくるのだ。
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  監督を含めた登場人物たちは統一を望んでいる。北朝鮮が崩壊すると韓国は耐えられないという現実的な問題以前に、同じ民族で、歴史に翻弄され分裂させられた彼らにとってそれが当たり前のことだからだ。北のスパイたちもちょっと無茶苦茶だけど統一を望んでいる。結局のところ、時間がかかろうが統一しかないのだろう。表立ったポーズだろうが、オリンピックの“コリア”などにはそういった意識が表れている。実はこの作品には韓国国内の拉致被害者家族たちも出てくる。彼らに対する北のスパイだった老人たちの態度はあまりにも強烈だ。ここだけ見れば、しこりは取れることがないだろうと感じるかもしれない。でも、そうした部分以外、人間的な部分ではやっていけるんだよという部分がこの作品からは確実に伝わって来る。韓国国内で最も人気のある映画雑誌「CINE21」はこの作品をこの10年間で最も素晴らしい映画として選出。パク・チャヌク監督、アン・ソンギ監督などが最高の賛辞を寄せ、作品もドキュメンタリーとしては異例ともいえる大ヒットを記録した。サンダンス国際映画祭では表現の自由賞を受賞するなど、世界各国でも高い評価を獲得している。
  2時間半もある長い作品だが、その2時間半には北のスパイたちと監督が互いに過ごしてきた人間的な12年という歳月が凝縮されている。様々な意味で敬遠する方もいるだろうが、観てもらえれば、そして感じて、考えてもらえればと僕自身は思っている。感触としては森達也監督の『A』などに近いものがある。『A』も話題にはなったが、その内容だけで敬遠された作品でもあったという。そうならないように、多少でも興味を持ったなら、ぜひ、劇場に脚を運んでください。

ストーリー
「キム・ドンウォンは北のスパイとして長い間、刑務所に収容されながらも政治的な信条を変えなかった老人たちにふとしたきっかけで出会う。すべてはそこから始まった」
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 1992年の春、キム・ドンウォンは刑務所から出所した身寄りのない老人ふたりを彼の住んでいる町まで連れてきて欲しいと、ある神父から頼まれる。その老人は北朝鮮のスパイだったのだという。しかも、何十年も刑務所に閉じ込められ、ひどい拷問を受けながらも自らの政治的な信条を変えなかった非転向と呼ばれる強者たちだった。キム・ドンウォンは彼らに会うことに恐怖と好奇心を感じるが、結局は好奇心が勝ち、仕事柄からビデオカメラを手に彼らを迎えにいく。キム・ドンウォンが会った彼らは寡黙な部分はあったが、拍子抜けするほどに普通の老人であった。彼らに興味を持ったキム・ドンウォンはそれからカメラを手に北のスパイと呼ばれ、長い間を刑務所で過ごした老人たちの姿を追い続けることになる。それは12年にもわたる長い歳月となっていく。
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