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『エドワード・サイード OUT OF PLACE
〜Memories of Edward Said〜』

配給:シグロ
オフィシャルサイト:
http://www.cine.co.jp/said/
この映画の予告編はこちらから


キャスト スタッフ データ
マリアム・サイード(妻)
ナジュラ・サイード(娘)
ワディー・サイード(息子)
ダニエル・バレンボイム
ノーム・チョムスキー
マイケル・ウッド
ギル・アニジャール
ラシード・ハーリディー
リマ・タラジ
ゴーリ・ビスワナサン
シャフィーク・アルフート
監督、撮影:佐藤真
企画、製作:山上徹二郎
撮影:大津幸四郎
    栗原朗
編集:秦岳志
ナレーション:宝亀克寿

2005/35mm/カラー/2時間17分


イントロダクション
「有数の学者にして、パレスチナ問題への真摯な発言で知られたエドワード・サイード。家族や識者の証言、彼が暮らした地を追うことにより浮かび上がってくる彼の姿と“OUT OF PLACE”という存在に関する、思索を誘惑するドキュメント作品」
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 パレスチナの評議会選挙における“ハマス”の圧勝とこれに対する欧米の直接的な支援の停止(これはイスラエルを認めないことと、武装闘争を停止しないことが原因である)。イスラエル総選挙における中道右派政党“カディマ”の勝利と第2党となった中道左派政党“労働党”による連立政権の発足と動き始めるであろうパレスチナ・ヨルダン川西岸地域からの撤退問題(ただし、ここには分離壁の問題が存在する)。そして今なお続く暴力に対する表立った応酬。日本での報道は決して多いとはいえないが、イスラエル・パレスチナ情勢は常に予断を許さない状態にあり、比較的報道の多いイラクなどの中東情勢の大きな核となっている。この中東情勢、イスラエル・パレスチナ情勢に対しては様々な知識人が発言を行っているが、そうした中でも最も大きな影響力を持ったひとりであろう人物に関するドキュメンタリー映画が完成した。それが今回紹介する『エドワード・サイード OUT OF PLACE 〜Memories of Edward Said〜』である。
 最初にご存知の方も多いだろうが、エドワード・サイード(エドワード・W・サイード)について簡単に触れておきたい。エドワード・サイードは比較文学の学者であり、批評家である。彼の最も影響力を持つ仕事のひとつは「オリエンタリズム」という本として記されている(平凡社ライブラリー刊)。この本は端的に表せば、西洋が東洋に対して押し付け、優越感の拠り所になったであろう“オリエンタリズム”に対する批判である。この本は“ポスト・コロニアル理論”の先駆けとされ、比較文学の研究者としてのサイードの才が存分に発揮されたものとなっている。映画の中でも語られているが、サイードは1935年にキリスト教徒の裕福なパレスチナ人の息子としてエルサレムに生まれ、1948年のイスラエル建国により生まれた国を失っている(その頃、彼は家族と共にカイロに暮らしていた)。その後、コロンビア大学で教鞭をとりながら、ニューヨークを拠点に生活を続け、2003年に亡くなっている(だから、この映画のタイトルには 〜Memories of Edward Said〜とつけられている)。サイードは学者、批評家としてだけではなく、パレスチナ問題、中東問題への積極的な発言でも知られ、一時期はアラファトの理解者、右腕的存在となりながらも、後に袂を分けている。この映画はこちら側の視点から、サイードとパレスチナ情勢を捉えようとした作品である。
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  監督は数々の賞を受賞した傑作ドキュメンタリー『阿賀に生きる』の佐藤真。タイトルには〜Memories of Edward Said〜という副題がつけられているが、佐藤監督自身にサイードとの交流があったわけではなく、サイードの著作のファンであり、様々な影響を受けてきたということであろう。映画はサイードの著作から引用をしながら、サイードの足跡を様々な証言を絡め、追っていくことになる。佐藤監督はこの映画に対し「パレスチナという巨大な問題の底知れぬ奥深さに恐れおののきながら、サイードのテキストだけを指針に中東諸国を旅して廻った。永遠に失われたパレスチナでのサイード一家の痕跡を描いた自伝「OUT OF PLACE」(邦題「遠い場所の記憶 自伝」(みすず書房刊))を将来に向けた共生の夢物語として読みかえられないかと願って、旅を続け、多くの人々と出会った。」と語っている。“OUT OF PLACE”とは“どこにもない場所”であり“場違い”という意味も持っている。それはパレスチナ人としてのアイデンティティを持ちながら、生まれ育った地はなく、どこにも居場所がないように移動し、ニューヨークで暮らし続けたサイード自身の存在であり、イスラエル、パレスチナで揉め続けるユダヤ人とパレスチナ人の姿でもある。中東に対し深い理解をもっているわけでは決してない佐藤監督のこの旅も“OUT OF PLACE"であるのだ。
  作品はサイードが子供の頃から家族で長年にわたり避暑を過ごしたベイルート郊外の戦火の後も生々しい別荘の映像から始まる。そこには近くで働くシリア人が暮らしていいる。彼らはサイードのことは知らない。ジハードのために戦い、亡くなった英雄とすら誤解までしている。この土地の近くに町の人も知らないような形でひっそりとサイードの墓は存在している。そこからサイードが歩んできた道のりをチョムスキーなどの知識人、残された家族たちの証言、パレスチナの自治区にある大学で開催されたサイードの追悼会、サイードが見たであろう風景を映画は捉えていく。映し出される風景は悲惨さの中にも静謐な美しさを持ち、知識人、家族の証言はサイードの人となり、考察の深さを作り上げていく。そうした中に現実に共存して暮らさざる得ないパレスチナ人、ユダヤ人の姿が捉えられている。例えば、レヴァノンにあるパレスチナ人の難民キャンプに暮らす難民たちの苦悩が語られ(そこが軍により囲まれた土地であるという説明がなければ、ただの市街地にしか感じられず、自分が持つキャンプというイメージの落差を感じさせられた)、“キブツ”(イスラエルへ帰還したユダヤ人たちが営む村落的集団生活)に暮らすポーランドからの移民の2世はナチス・ドイツに迫害された親族などのこと、ルーツを再生させたいと、イスラエル人たちと共存するタバコ商人の老人は表情に苦悩をにじませながら、タバコを買いに来るから彼らとはうまくやると、シリアから移住したユダヤ人はシリアではアラブ人とはうまくやっていた(今はその地はない)と語る。
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  サイードはアラファトを支持したりと自分の中で紆余曲折しながら、イスラエル、パレスチナは1国2民族共存という考えに至っていた。それは「音楽を演奏することを分かち合うような喜び、そういった共存なら希望があるのではないか」という音楽家としても一流の腕と耳を持っていたサイードらしいハーモニー、コントラスト的な考えでもある(実際、サイードは著名なイスラエル人の指揮者であるダニエル・バレンボイムと2民族間での音楽プロジェクトを行っていた)。この考えは非常にシンプルだが夢想主義的でもあり、それ自体が“OUT OF PLACE"という希望に繋がっているようにも感じられる。
  この映画に描かれていることはパレスチナとイスラエルの問題だけではなく、今現在、僕たちが暮らすこの日本にも横たわり、繋がっているものである。この映画はサイードの全体像ではなく、ある部分を捉えながら、彼の人生を追っていく。そこに被さるナレーションには佐藤監督の思索がある。そういった部分を覗き、感じることでもう一歩先に足を踏み出すきっかけにもなる映画だと思う。サイードに関心のある方はうずうずしているだろうが、サイードを知らない方にも脚を運び、考える手がかりとして欲しい。ぜひ、劇場に脚を運んでください。

ストーリー
「家族、識者の証言、彼がいた場所・・・・、エドワード・サイードの足跡を追うことで浮かび上がってくるもの」
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 パレスチナの地に生まれ、その故郷を失い、2003年にニューヨークで亡くなったエドワード・サイード。学者、研究者としてだけではなく、パレスチナ問題への精力的な発言で知られた彼の功績は亡くなって以降も輝き続けている。
 レバノンのベイルート郊外にあるサイードが子供の頃から過ごしていた避暑地の別荘、そこから遠くないところにあるサイードの墓。映画はここを起点にサイードの家族、知識人の証言などを交えながら、サイードの足跡を追い続ける。それは初めての中東に不安を抱える佐藤真監督にとっても繋がる現実を掴むための旅へとなっていく。
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