「エマ・トンプソンが主演のみならず、自ら脚本を手掛けた、イギリスのヒットメーカー“ワーキング・タイトル”が初めて送り出す子供も大人も楽しめるファンタジー作品」
予想通りというべきであろうが、満を持して公開されたディズニーの大作『ナルニア国物語』が公開週からずっとボックスオフィスのナンバー・ワンを走り続けている(06/4/7現在)。『ハリー・ポッター』シリーズ、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ以降のファンタジーものの大本命に違わぬ結果を生み出しているのだが、この作品をきっかけに脈々と続いてきたファンタジーものへの注目が更に大きくなるのは確実だろう。そうしたタイミングで公開されるファンタジーものが、ここで紹介する『ナニー・マクフィーの魔法のステッキ』である。
単純にファンタジーといってもその捉え方は幅広いものがある。『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズなど子供以上に大人が楽しめるもの、『ハリー・ポッター』シリーズのようにどちらかといえば子供が楽しむものという捉え方はその1例だろう。この作品がどちらの位置づけになるのかを観終わった後に考えると明らかに後者のノリとなってくる。それはこの作品の原作が児童書であることなどが大いに関係している。でも、だからといって大人が楽しめない、子供じみた作品になっているというわけではない。
物語は1年前に母親を亡くし、父親の手のみで育てられている7人のいたずらっ子と乳母(ナニー)としてやってきたマクフィーに信頼が生まれ、子供たちも、父親も成長していくというもの。いたずらっ子たちは乳母を追い出すことに命を懸けていて、この日も17人目の屈強な乳母を追い出したばかり。紹介所も「もう紹介できる人はいない」と門を閉ざしたところに現れたのが顔に大きなイボなどがついたナニー・マクフィー。子供たちは彼女を追い出そうと知恵を凝らすが、逆に彼女の術中にはまりこんでいく。それもそのはず、彼女は魔女なのだ。ワンステップずつ、日常にとって必要なことを身をもって学び始めた子供たちだが、そこに家族の大きな危機が舞い込んでくる。この危機をマクフィーによって救われた子供たちとマクフィーの間には信頼関係が生まれ始めていく。
作品の原作となったのは「ハイヒールの死」、『青の恐怖』というタイトルで映画化もされた「緑は危険」などで知られる英国の本格ミステリー女流作家クリスチアナ・ブライドが1964年に発表した児童書「ふしぎなマチルダばあや」(後に2冊のシリーズものも発表している)。ミステリーなど大人向けのエンタテインメント小説を書いている作家が児童向けの物語を書くことは決して珍しいことではないが、本格ミステリー作家として圧倒的な支持を確立している彼女が児童書を書いていたことを知っている人は少ないのではないだろうか。実際、この原作の映画化を“とある人物”に持ちかけられたプロデューサーも「この「ふしぎなマチルダばあや」シリーズのことは知らず、知らないのは自分だけかもしれないと思っていたんですが、あとになって、イギリス本国でもその本のことを知っている人はあまりいないことが分かりました。」と語っている。イギリス本国でそういう状況なら、日本での状況は当然、推測できるだろう。では、この本を持ちかけた人物とは誰なのか。それはイギリスを代表する女優エマ・トンプソンだった。彼女は自分の本棚にあった大好きなこの本をプロデューサーに推薦し、自らの手で脚本を書き上げ、主演まで務めているのだ。エマ・トンプソンはイギリスの文豪ジェーン・オースティンの小説「いつか晴れた日に-分別と多感-」を映画化した『いつか晴れた日に』で映画としては初めての脚本を手掛け、アカデミー賞の脚色賞受賞など圧倒的な評価を獲得している。そんな彼女がその次に自らの手で脚本を手掛け、映画にしたいと思ったのがこの作品なのだ。エマ・トンプソンは「原作にはプロットがなく、様々な要素が盛り込まれており、そうした要素をまとめていくのはこれまでに手掛けたどの作品よりもずっと大変でした。」と語っており、実際にそうした大変さを感じさせる部分もあるが、全体としては単なるファンタジー以上の魅力溢れる物語を生み出している。
エマ・トンプソンが企画を持ち込み、主演と脚本を担当したことに加えて、この作品が大きな話題となるのは『ノッティング・ヒルの恋人』、『ハイフィデリティ』、『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズ、『ラブ・アクチュアリー』、『プライドと偏見』など良質なロマンティック・コメディを中心としたヒット作を送り続けているイギリスの製作会社ワーキング・タイトルが初めて送り出すファンタジー作品であることだろう。そうした部分での意気込みからであろう、コリン・ファース、ケリー・マクドナルド、イメルダ・スタウントンなどイギリスを代表する俳優たち、いかにもイギリスらしい作品『ウエイクアップ!ネッド』で監督デビューを飾ったカ−ク・ジョーンズ(この作品が2作目の監督作品である)などイギリスを代表するスタッフたちがこの作品のために集結した。イギリス発でありながら、映画化はハリウッド主導となった『ハリー・ポッター』シリーズへのイギリスからの回答がこの作品であるとするのはちょっと大げさだが、イギリス好きには見逃せないことだけは確かだろう。
最初はマクフィーの魔法が主役であった物語は彼女と子供たちの間に信頼関係が生じ始めることによって、子供たちが自らの手で理想とする家族を作り上げていこうというものに変わってくる。物語はファンタジーであるが、こうした細部には子供を持つ親なら気づかされる部分もあるはずだ。また、エンディングのシーンはファンタジックで、分かってはいてもちょっとした感動が生じてくる。
カップルはもちろんだが、親と子供が一緒に観れば、より楽しめる作品である(しかも映画の面白さも伝えられるだろうし)。しかし、親として思うのは「あの魔法の杖が欲しい!」ということであったりもするのだ。ぜひ、劇場に足を運んでください。 |