「ベルリン国際映画祭への正式出品などで注目を浴びる映画監督 中川陽介が鈴木京香、ワン・リーホンを主演に迎え、美しすぎる映像の中に漂う孤独を描いた沖縄3部作の最終章」
昨年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式招待された唯一の日本映画である『バッシング』なんかがよい例だと思うのだが、日本では劇場公開すら決定していないのに世界中の映画祭で高い評価を獲得していく作品というのが存在する。今回紹介する『真昼ノ星空』もまさにそういったタイプの作品である。
この作品は2005年ベルリン国際映画祭のヤングフォーラム部門、ニューヨークで開催されたニューディレクターズ・ニューフィルムズ、サラエボ映画祭などに出品され、高い評価を獲得し、2005年東京国際映画祭の日本映画・ある視点部門でも正式上映されている。実はこの東京国際映画祭が日本での初御披露目ということで、日本での公開までには相当な回り道を強いているのだ。
この作品を監督したのは中川陽介。デビュー作『青い魚』がベルリン国際映画祭のヤングフォーラム部門に正式出品されることで大きな注目を集め、2作目の『Departure』はサンダンス・NHK国際映像作家賞優秀賞を受賞、そしてこの作品は再び、ベルリン国際映画祭のヤングフォーラム部門に正式出品されたわけである。映画祭へ出品し、そこでの評価、受賞をきっかけに作品への注目を高めていくという方法は、興行的に公開することが難しい作品にとっては大きな道筋となるだろうし、この評価が海外(特にヨーロッパ)での公開へと繋がり、日本では逆輸入的に公開されていく可能性を持っている
中川監督は東京出身であるが、この作品の後に公開が予定されている『Fire!』という青春映画までの4本全ての長編作品の舞台を街並みに愛着、ノスタルジーを感じるという沖縄においている。そして、デビュー作からこの『真昼ノ星空』までは3部作ともいうべき繋がりを持っていると語っている。『青い魚』はひとりの女性が恋を通して女として成長していく物語であり、『Departure』はその女性の青春時代を象徴する男の子3人組が高校を卒業し、那覇という街を出て行く前夜から翌朝までの物語であり、この『真昼ノ星空』はその男の子のうちのひとりが別れを告げた年上の女性を主人公とした物語となっているのだ。
3部作の最終章に当たるこの作品の主人公は恋人に別れを告げられたことを未だに抱えている女性と台湾人と日本人の血を引く男性である。男性は殺し屋であり、ひとりの男を殺すことから物語は始まる。男はひとつの漂白の地でしかない沖縄の隠れ家で趣味である料理の腕を振るい、模型飛行機を組み立て、プールと家を往復し、孤独に暮らしている。一方、女性は昼は仕出しの弁当屋、夜は工事現場の交通整理としてひたすらに働き続けている。もちろん、彼女も常に孤独だ。そんなふたりの接点となるのが孤独な者が交差するといっても過言ではないコインランドリーである。
物語は深い恋に落ちたりとか、その駆け引きがあったりだとか、そういった恋愛映画らしい恋愛映画につきものの部分も、殺し屋が主人公だからといってノワール的な部分もほとんどない。男性は女性にコインランドリーで声をかける。声をかけられた女性は最初は無視しながらも最終的に彼の誘いに乗り、コインランドリーの時間の間だけのデートに脚を運ぶ(このときの彼の手による中華料理が本当に素晴らしい)。殺し屋は時に彼女と今風の弁当屋をやっている姿を夢想する。昼はプールに通い、台湾からの連絡を待ちわびる殺し屋として働く彼にとってそれは本当に束の間の夢想でしかない。一方の女性は自分の過去に囚われ続けている。昼は弁当屋で働き、余りものの弁当を家で食べ、夜は工事現場へと出かけていく。未来に何の目的も見出せない彼女にとって働くことはお金を稼ぐのではなく、自分の思考を押し殺す唯一の道であるのかもしれない。そして男が毎日通うプールには目の前の風景ではないどこか遠くを眺め続けている監視員の少女がいる。
ここが終の棲家とはなりえない男は一目惚れともいっていい女性とここに暮らすことを夢想し、ここから出ることの出来ない女性たちは彼に接することで何かを感じ取っていく。島という周囲が海に囲まれた中で暮らす彼女たちの孤独は男を介在にして少しだけ埋められていく。声をかけられてから、あの女性はコインランドリーに向かう気持ちが変化し、いつもより着飾って脚を運ぶようになり、少女は彼の姿に自分の視線の更なる先を見出している。
台詞は少なく、島でしかない風の音、雲の動き、波の音などの自然、美しい映像、印象的な音楽をバックに展開していくこの作品はその映像、隙間をそれぞれが感じ取れるものとなっている(その際たる部分はあのエンディングだろう)。また、女性の孤独を凛とした雰囲気を持って演じている鈴木京香、たどたどしい日本語が逆にいい味わいを生み出しているワン・リーホンという主演のふたり、これが映画デビュー作であったプールの監視員の少女を演じる香椎由宇という役者の存在感も際立っている。特に鈴木京香の姿は印象に残るはずだ。
誰もが受け入れる作品ではないと思うが、美しい映像と登場人物たちの佇まいから立ち上ってくる孤独や損失、成長にはぐっと来る方は多いはずだ。そこを味わうために、世界が認めた才能を確認するためにぜひ、劇場に脚を運んでください。 |