「1980年エルサルバドル内戦、12歳になると少年たちは兵士として徴用されていく。現実に起こった内戦の悲劇や少年兵の実態を描き、今も世界のどこかで起こっている出来事を考えさせる、素晴
らしい作品」
「戦争をするのは大人 子供たちは生きる」という素晴らしいルポルタージュ本がある。世界の紛争地帯を追いながら、そこで生き続ける子供たちを追った内容のものであるが、これを読むと子供は戦争の最大の被害者だということを実感する。最近では自分たちの親を失い、国を追われ難民となる子供たちがいる一方で、子供たちが最前線で兵士として戦うという少年(少女)兵の問題も大きくクローズアップされ、問題となっている。使用する側からすれば、子供ほど洗脳しやすく、コストも安い兵はいないのだという。世界の扮装地帯でこうした兵士は増え続けている。今回紹介する『イノセント・ボイス-12歳の戦場-』はエルサルバドルの内戦を舞台に、こうした少年兵の問題など子供たちと戦争の関係を描いた作品である。
物語の舞台となるのは1980年、政府軍と反政府組織との内戦に揺れ続けているエルサルバドルの両軍の境界線となる小さな町である。この前線を守りきろうとする政府軍と奪い取ろうとする反政府組織により、町は銃撃の嵐に見舞われ続けている。そういったところでも住民は当たり前のように暮らし続け、子供たちは学校へと通い続けているのだ。戦場の最前線である自分たちの町という恐怖に加え、少年たちには更なる恐怖が存在していた。12歳になると少年たちは政府軍により兵士として徴用されていくのだ。作品ではこうした恐怖と戦場下にありながらもたくましく生きる子供たちの様子も描かれている。でも、印象に残るのは僕たちの常識では考えられない社会の在り様と恐怖である。
この作品の原案となったのは、幸運にもこのエルサルバドルの内戦を抜け出し、アメリカへと亡命することが出来たひとりの少年が実際に体験してきたことである。アメリカに亡命を果たし、エルサルバドルに残った家族とも無事に再会を果たすことが出来た、あの当時の少年オスカー・トレスは20年以上という歳月を経て、この作品の脚本を書くことを決意する。脚本に取り掛かったときには映画化のメドがあったわけではないが、完成した脚本は大きな評判を呼び、ハリウッドで活躍するメキシコ人監督ルイス・マンドーキ(『メッセージ・イン・ア・ボトル』、『コール』)により映画化されることが即座に決定する。トレスは「過去を掘り返すことは、あの時抱いた罪悪感を直視することを意味し」辛く、挑戦的な作業だったとした上で「今もまだあの頃の私と同じような暮らしをしている人々の助けを求める声に気づいてもらえることを心より願っています。」と語っている。
何度ない小競り合いを経ながら始まり、ほぼ12年に渡ったエルサルバドルの内戦は75,000人の犠牲者、8,000人の政治的失踪者、100万人という亡命者を生み出した。1991年の国連の仲介による和平合意がなされたが、国の現状の厳しさは変わらず、長きにわたる内戦が残した後遺症に悩まされ続けている。他の中南米諸国などの例と同様、この内戦が冷戦の代理戦争でもあり、自由主義、民主主義を守るという名目の下にアメリカが大きくてこ入れしていた事実は付け加えるまでもないだろう。ベトナム帰りの米兵(多分、特殊部隊だろう)が政府軍の指導者となっているという証言も出てくるし、町の焼き討ちなどの手法はまさにベトナムそのものである。
作品の中では戦場の最前線の町に暮らす子供や大人たちの様子が丁寧に描かれている。主人公の少年は母、姉、弟と暮らしている。家にも飛び込んでくる夜毎の銃撃戦のために怯えきっている弟を母の口紅で落書きをしてなだめたり、苦しい家計を助けるためにアルバイトをしたりもしている。子供らしい悪ふざけ、初恋のシーンもある。でも、現実は残酷だ。政府軍は授業中の学校に突然現れ、12歳になった生徒を呼び出し、兵にするために連れ出していく。彼らは家族への別れもできない。主人公ももうすぐ12歳になろうとしている。兵隊には行きたくないし、政府軍のやりかたに不満を募らせ、反政府軍に心情的な支持を感じている子供たちは思い切った行動に出る。度重なる脅しから、宗教、祈りに限界を感じていた司祭も住民に行動することを促していく。彼らの勇気ある行動は多くの自発的な動きを生み出すが、最悪の結果も生じさせていく。そこにあるのは勇気に溢れたドラマであるが、戦争の生み出した悲劇でしかない。
最近、映画ファンの努力により公開された『ホテル・ルワンダ』が描いているように世界中で戦争、内戦は頻発している。無情ともいえる世界のシステムも露呈した。そして少年兵の数も増加している。それはこの作品でも描かれているが洗脳しやすいからである(パレスチナでは自爆テロに参加する少女が話題になったことを記憶している人もいるだろう)。この作品をきっかけにそういった世界のあり方を考えてもらえればと思える素晴らしい作品だ。ぜひ、劇場に脚を運んでください。 |