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『家の鍵』

配給:ザジフィルムズ
オフィシャルサイト:
http://www.zaziefilms.com/ienokagi/
この映画の予告編はこちらから


キャスト スタッフ データ
キム・ロッシ・スチュアート
シャーロット・ランプリング
アンドレア・ロッシ
アアッラ・ファエロヴィッチ
ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ
監督、脚本:ジャンニ・アメリオ
製作:
  エンツォ・ポルチェッリ
  カール・バウムガルトナー
  ブリュノ・ペズリー
  ジャンフランコ・バルバガッロ
  ミハエル・シュワルツ
原作:ジュゼッペ・ポンティッジャ
脚本:サンドロ・ペトラリア
     ステファノ・ルッリ
撮影:ルカ・ビガッツィ
編集:シモーナ・パッジ
プロダクションデザイン:
  ジャンカルロ・バージリ
衣装:
  ピエロ・トージ
  クリスティーナ・フランチョーニ
音楽:フランコ・ピエルサンティ

2004/イタリア/カラー/1:1.85/
ドルビーデジタル/1時間51分


イントロダクション
「実の息子に生まれたその日から15年間、一度も会っていなかった父親。彼に様々な想いと葛藤をもたらす、大きな障害を持つ息子との初めての対面と数日の日々をイタリア映画界の名匠ジャンニ・アメリオ監督が描いた、美しく、心揺さぶられるドラマ」
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(C)2004 LAKESHORE INTERNATIONAL, ALL RIGHTS RESERVED
 実感としてはあまりないかもしれないけれども、ヨーロッパ映画が受け入れられにくくなってきているようだ。話が分かり難い、テンポが悪い、重い、スターがいない等々、確かにその理由を挙げていけば、きりがないような気がする。実際に自分がどんな映画を映画館で観たかを思い出してみたら、ハリウッド映画とアジア系の映画だけだったという方も多いのではないだろうか。このHPのプレゼント応募者のコメント欄にも「アジア映画をもっと取り上げてください」という声はあっても「ヨーロッパ映画をもっと取り上げてください」という声は皆無に近い状態だ。でも、公開本数が少ない分、選りすぐりの作品が上映されているというのも確かである。今回紹介するイタリア映画『家の鍵』も間違いなくそうした1本である。
 映画のオープニングのシーン、駅にあるカフェでふたりの男が並んで会話をしている。会話といっても年上の男が一方的に話しまくり、若い男はほとんど語ることがない。その内容は子供に関するもの。若い男は少年の写真を見せられ、物思いに沈んだような表情へとなっていく。ふたりはそこで別れる。ひとりの男がもうひとりの男に何かを託した、これから何が起こるのかがちょっと想像の付かない、この導入部がすごくいい。そして、次のシーンでは若い男は列車の車内にいる。そこには誰かが起きた後の乱れたベッドがある。そして彼が向かう先となる食堂車にはひとりの障害を抱えた少年がゲームに興じている。ここでこの作品の主人公が揃う。若い男は障害を抱えた少年の実の父親なのだ。
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  障害を抱えた子供と大人の物語、障害者と健常者の物語というのはありがちかもしれない。でも、この作品はそこを単純に描くわけではない。ここで描かれていることは子供が老いてきた親をみるということにも、普通に親が子供を日々育てるという部分にも繋がってくる。この作品の主人公ふたりの抱えているものは大きく、溝は相当に深いのだけれども、ちょっとした断片などは自分が抱えているそうした日常にも繋がってくるはずだ。
  この作品のふたりが抱えているものの大きさは少年は重度の障害者であるということ、男はその少年が生まれた時にその場を逃げ出したきりであったということだ。映画のオープニング・シーンは少年を育ててきた父親代わりの男の説得、障害を負った実の息子をドイツの専門病院へと連れて行けというものであった。それは男にとっては重すぎるぐらい重いものだが、実際の病院ではそれ以上に重いものが圧し掛かってくる。現実を目の当たりにしなければならなくなるのだ。
  例えば、そうした中で印象に残るのは病院での少年の検査のシーンだろう。最初の検査に際しての採血では男は堪らずに病室から走り出してしまう。病院に泊まる日に「俺も泊まる」と男が言うと少年は「ひとりで泊まる。鼾がうるさいから」といい、脳波の検査のための重苦しい検査器具をかぶりながら、「この帽子が欲しい」とおどけ、「検査室から出て行け」と男に命令する。病院の検査では少年が限りなく大人で、男は行き場をなくした子供なのだ。外に出るとこの立場は一変するのだが、自分のこうした状況、思ってもいなかった反応を感じ取りながら、男は悩み、成長していく。少年はその成長に安心を感じ取っていく。少し、溝が埋まるのだ。そして、より重度な障害者の娘を抱える母親との出会いを通して、男は更なる何かを感じ取っても行くのだ。
  作品は現代イタリアを代表する作家であるジュゼッペ・ポンティッジャの遺作となった本「明日、生まれ変わる」を映画化しようということから始まっている。その内容は自らも障害を抱えた息子を持つ作者自身の経験をもとに家族の関係、社会との関係、生きることの意味を問いかけたものである。しかし、この作品を監督したジャンニ・アメリは「彼の経験を私には盗む権利がない。知っていることがゼロの私が彼の立場に立って映画を撮ることは、思いあがりではないかという気がしました」と語っている。そうした考えの大きな転機となったのは障害者役の息子を演じるアンドレア・ロッシと出会ったことだったという。アンドレア・ロッシの持つ、生まれながらの感情がこの作品に原作とは違う、でも共通項を持つ新たな物語を生じさせたのだ。ちなみに原作となった「明日、生まれ変わる」という本は映画の中で障害者を抱える母親が読み、気持ちを救われた本として効果的に使用されている。そしてこの映画は障害者役の息子を演じるアンドレア・ロッシと「明日、生まれ変わる」の主人公であるアンドレア・ポンティッジャという“ふたりのアンドレア”に捧げられている。これは監督にとって最高に幸福な出会いがあったことの証明でもある。
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  15年ぶりの親子の初めての出会い(でも、その事実は親しか知らない)。20年以上も障害を抱えた娘と付き合い続ける母親との出会い。障害を抱えているからこそ、自分の存在を認知しているからこそ生じてくる少年の大人じみた、達観したかのような態度、それと裏返しのあまりにも子供じみた反応。僅か数日の間で自らの子供に対して湧き上がってくる喜びと後悔の念とそれでも相容れない気持ち。数日では何も変わらないかもしれないが、この数日は男にとってはあまりにも重く、喜ばしく、深く考えざる得ない人生にとっての大きな数日へと変わっていく。そうした部分を言葉も少なく、大げさにではなく描いていく心にズンと落ちてくる素晴らしい作品だ。タイトルの『家の鍵』は少年が常に持っている、これで家に帰るという鍵を意味している。そして、少年のとっての鍵の役割は15年ぶりの初めての出会いとなった父親も握っている。この素晴らしいヨーロッパ映画をぜひ、劇場でお楽しみください。

ストーリー
「障害を負った息子との15年ぶりの初めての対面。そこからの数日で父親は今までの人生にはなかった喜びも悲しみも困惑も掴んでいく」
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 ミュンヘン駅のカフェ。その夜、ジャンニは息子であるパオロの伯父アルベルトと会っていた。ジャンニは生まれたその瞬間から15年間、息子に一度も会ったことがなかった。ジャンニの恋人が亡くなるという恐怖と絶望が、彼をその場から遠ざけたのだった。今では彼は自分の家庭を持っている。
 ベルリンへ向かう列車に乗ったジャンニはそこで初めて息子のパオロと対面する。ゲームに興じるパオロはもちろんジャンニのことを父親とは思っていない。不自由な体で歩くパオロをにジャンニは手を貸そうとするが、それは受け付けられない。彼が手を貸すことが出来るのは、洋服を着せること、トイレでのズボンの上げ下ろしなどパオロが自分で出来ないことだけである。
  ベルリンの病院。検査のために採血されるパオロを見た途端にジャンニは気分が悪くなり、病室を飛び出してしまう。でも、パオロは達観したかのようにそのことを気にする素振りさえ見せない。病室を逃げ出したジャンニは20年以上も娘を看病し続ける女性ニコールに出会う。同じ悩みを経過してきたニコールとの会話、息子パオロとの日々はジャンニに今までの人生にはなかった喜び、悲しみ、困惑、そして選択を与えていく。
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