「スペイン映画界の巨匠
カルロス・サウラが送る、伝統に重きを置き、進化し続けるフラメンコという世界のダンスと音楽を美しく、力強く、詩的に描いた圧倒的な音楽ドキュメンタリー・ドラマ」
ここ数年、大小様々なタイプのドキュメンタリー映画が公開されているが、その中でもコンスタントに観客を集めているのが音楽ものである。音楽ものといってもジャンル、その内容は本当に幅広い。ロックもあればクラシックもあるし、ライブの映像もあれば、密着型のドキュメンタリーもある。今回紹介する『イベリア
魂のフラメンコ』もそういった音楽ドキュメンタリーに括られるであろう作品である。
この『イベリア 魂のフラメンコ』はタイトルからも分かるようにフラメンコを題材とした作品となっている。フラメンコといえば、あの足の生み出すリズム、カスタネット、ガット・ギターの強烈なリズムなんてところを安直に想像してしまうのだが、この作品にはそういったフラメンコもあるが、よりコンテンポラリーになった、バレエやモダン・ダンス、舞踏と見紛うばかりのフラメンコも登場している(というよりもこちらの方が主体だ)。全てのダンス、音楽がそうであるように、伝統を活かしながら、その裾野をグイグイと拡げているフラメンコの姿がここには描かれているのだ。
この作品を監督したのはスペイン映画界の巨匠 カルロス・サウラ監督。これまでにも『カルメン』、『フラメンコ』、『タンゴ』、『恋は魔術師』など音楽、ダンスに関わる作品を撮り、スペインのアカデミー賞にあたるゴヤ賞の受賞や、アカデミー賞外国語映画賞などにもノミネートなど圧倒的な評価を獲得している。そうしたことから、この『イベリア
魂のフラメンコ』は製作発表の段階から大きな話題を集めていた。その大きな要因となったのは、サラ・バラス、アントニオ・カナーレス、アイーダ・ゴメスなどの世界的な舞踏家、スペインが世界に誇る振付家にして舞踏家でもあるホセ・アントニオ、エンリケ・モレンテ、ロサー・トーレスー=パルド、マノロ・サンルカール、チャノ・ドミンゲスというミュージシャンたちの参加であった。古典的、基本的なフラメンコを体の芯まで染み渡らせ、その枠を異なるジャンルまで広げてきたアーティストの参加が必然的に裾野を広げているフラメンコを捉えたこの作品へと繋がってきているのだ。
この裾野を広げているフラメンコが今回取り組んだのはスペインの生んだ偉大なる作曲家イサーク・アルベニス(1860〜1909)の残した代表作「組曲イベリア」である。作品自体はこの組曲をそのまま再現していくわけでなく、その組曲の中、アルベニスが残したその他の作品からも曲を集め、綴られていく。この作品には“組曲イベリア誕生100周年”という文字が躍っているが、アルベニスが「イベリア」というタイトルにイベリア半島の中に位置するスペインという国に暮らす人々や風景への想いをきっと込めていたであろうことを汲み取ったかのような、様々なスタイルのダンスや音楽を垣間見せてくれる。映画的なストーリーも何もない、アーティストが表現するダンスと音楽を追っただけのものだが、力強く、詩的なその素晴らしさには感服させられてしまう。
撮影のほとんどが行われているのは広いスタジオである。ここには曲によって簡素なセットが組まれる。そのセットは白い布が貼られたパネルだ。何枚も置かれたこのパネルは曲によって位置を変えられる。そして、そのパネルにはアーティストの影、美しい色、アルベニスの写真などが投影されていく。時には薪が焚かれていることもある。そういった中でダンスも演奏も同時に行われていく。シンプルだが限りなく美しい光によって彩られたセット、そこでソロで多人数で踊るダンサーたちと黙々と演奏するミュージシャンをカメラは様々な角度から捉えていく(時には撮影スタッフの様子まで映していく)。余計な台詞、ありがちな舞台裏の様子などは一切ない(唯一それらしいのはどうみてもパーフェクトなダンスの後で「大丈夫だったかしら」と納得がいかないように漏らすダンサーの言葉だけだ)。ここではダンスと音楽の世界に埋没するだけなのだ。そしてこれは『フラメンコ』でとにかくシンプルにその世界を描いたサウラ監督の生み出した最良のダンス映像の世界でもあり、結果的にはフラメンコの奥深さを感じざる得ないものになっている。
ピアノのソロ演奏、完膚なきまでの力強いジャズ、縦笛によるプリミティブな演奏。フラメンコらしいステップ、舞踏の色合い、コンテンポラリーな色合い、ミュージカル的なノリを感じさせるダンス。これらが融合したこのシンプルで、極めて美しく、詩的な作品『イベリア
魂のフラメンコ』がフラメンコ、ダンス、音楽のファンはもちろん多くの映画ファンも虜にすることは間違いないだろう。サウラ監督は「踊り-フラメンコは、パワフルで力強い、この民族特有の舞踏です。その力強さと神秘性で、外国の聴衆をも魅了してしまうことに、いつもながら驚かされます」と語っているが、この作品でもきっとそこにノックアウトされるはずだ。ぜひ、劇場でその美しさ、力強さを味わってください。 |