「アーロン・クォック、イーキン・チェン、ダニエル・ウーという香港の3大スターが競演、この3者が演じるキャラクターが光る、先の展開が読めないミステリアスでサスペンスフルなノワール作品」
これも何度となく同じ事を書いている気がするが、香港映画は確実に面白くなってきている。その着火点となったのは間違いなく『インファナル・アフェア』シリーズである。新たなノワールのスタイルを打ち出したこのシリーズ以降、ベテラン ジョニー・トー監督、イー・トンシン監督らの良質な作品が小規模ながら、日本でもロードショー公開されてきている(ただ、興行的には今ひとつの結果なのだが)。今回紹介する『ディバージェンス/運命の交差点』も現在の香港映画の質の高さを示す作品となっている。
この作品はアーロン・クォック、イーキン・チェン、ダニエル・ウーという香港の3大スターが競演、日本でもヒットをしたジャッキー・チェン主演の香港復帰作でもある作品『香港国際警察/NEW POLICE STORY』、『ジェネックス・コップ』のベニー・チャンが監督であるということで製作段階から大きな話題を提供していた。作品の製作費は香港映画としては破格の4000万香港ドル(日本円で約6億5千万円)を費やしている。
物語はアーロン・クオック演じる刑事が飛行機で重要な証人を護送しているシーンから始まる。警察のアイドル的広報でもあった彼は機内で女性に「キャー」と声をかけられるが、無視を決め込む。そんな彼は機内でひとりの女性に眼を奪われ、自らの内の中へと入っていく。そこには彼がずっと忘れられない、10年前に失踪した恋人の存在があった。彼は毎日のように警察の地下にある検死所へと脚を運び、恋人の死体が出てくるのではないかという不安、明日にでも戻ってくるのではないかという希望を抱えながら日々を過ごしている。イーキン・チェン演じる敏腕弁護士はマネーロンダリングの疑いがある実業家の右腕となっている。仕事中毒の彼は美しい妻と子供と豪華な家に暮らしながらも、自らの在り方に関して疑問を抱いている。ダニエル・ウー演じる殺し屋は凄腕であるが、自らのエージェントに対しても全く忠実ではない気まぐれな自由な生き方をしている。この作品はあるひとつの事件をきっかけにそれぞれの物語が交差し、何かが起こり、謎が解明していくという『インファナル・アフェア』シリーズ以降の香港映画が生み出したスタイルの物語となっている。
そのひとつの事件とは敏腕弁護士が雇われている実業家のマネーロンダリングである。刑事が護送している人物はその重要な証人なのだが、空港を出て、厳重な警戒態勢下での移動中に暗殺される。暗殺を実行したのは凄腕の殺し屋である。こういう状況になれば刑事と実業家、その右腕である敏腕弁護士は普通の状況であってもぶつかる。この作品で面白いのは空気のような存在であるべき殺し屋がここに絡んでくるのだ。もちろん、殺し屋には積極的に絡むべき理由があるのだが、これはもちろん観る側の楽しみ、謎として取っておくべきものである。その他にもこの作品には様々な謎がある。例えば、刑事の失踪してしまった恋人は敏腕弁護士の時折寂しそうな表情を見せる妻と瓜ふたつであり、ただでさえ精神的なバランスを失っている刑事を別の次元へと追い込んでいく。この刑事が弁護士を追い詰める目的と同じくらいの比重で、彼女への想いから家の前に張り込み続けるシーンにはものすごくセンチメンタルな感慨が沸きあがってくる。もしかしたら、彼女は失踪し、記憶を失った恋人であるかもしれないのだ。そんな刑事は職務を投げ打ってでも自らの失態が招いたかもしれない事件を解決しようと奔走する。
この刑事が『フレンチ・コネクション』のポパイ刑事ばりに、自らが探していた証拠かもしれないものを持ち去った犯人を追い、高速道路を走り抜けていくことから始まるシーンはこの作品の大きな見せ場のひとつだろう。刑事が追うのはその時は知る術のない、あの殺し屋であり、ふたりは市場で香港映画らしい最高のアクションを見せてくれる。その肉弾戦のアクションは頭にビニール袋を被されての窒息寸前の、観ている方が本気でハラハラするほどの壮絶なシーンである(頭からビニールでハードなアクション、どうやって呼吸をしていたのだろうかと間違いなく思ってしまうはずだ)。
物語は展開が速く、コンプレックスしているのだが、分かり難さはあまりない。ただ、詰め込まれている出来事が多すぎるため、落としてしまう部分もないとはいえない(実際、観終わって「あそこが繋がらない」となっているのだが)。この作品はミステリアス・タッチのサスペンス、ノワールものなのだが、それ以上にアーロン・クオック演じる刑事、イーキン・チェン演じる敏腕弁護士、ダニエル・ウー演じる殺し屋それぞれのキャラクターがしっかりとしているのが大きな魅力となっている。誰もが大きな悩みや過去を抱え、細い橋から転げ落ちようかとしている完璧ではない人間なのだ。知的さ、冷血さと家庭的な面を持つ弁護士を演じるイーキン・チェンというのは新境地であろうし、飄々としたクールさを持ったダニエル・ウー演じる殺し屋も魅力的だ。その中でも夢と現実を行き来し、精神的不安定さを持った刑事を演じるアーロン・クオックは特に光っている。実際、彼は台湾のアカデミー賞にあたる台湾金馬奨で最優秀主演男優賞を受賞し、受賞こそならなかったが、香港のアカデミー賞にあたる香港電影金像奨の最優秀主演男優賞にもノミネートされた。この手の香港映画には欠かせない俳優であるエリック・ツァン、弁護士の妻と刑事の記憶の中の彼女の2役を演じるアンジェリカ・リーなど脇の俳優も印象的だ。
役者の味わい深さ、圧倒的なアクション、物語展開の豊かさなど現在の香港映画の面白みはこの作品にきっちりと詰め込まれている。アジア映画に今ひとつ足を踏み込めない方、『インファナル・アフェア』シリーズなどノワールものが好きな方には文句なしにお勧めしたい。そして、この作品をきっかけに現在の香港映画を味わってもらえればと思う。ぜひ、劇場に脚を運んでください。 |