「いじめっ子への遊び感覚の復讐、それがもたらす苦い後味。スモール・タウン暮らす、様々なバックグラウンドを抱える少年たちのひと夏の出来事を描いた文学的青春映画の良作」
スティーヴン・キング原作、ロブ・ライナー監督による『スタンド・バイ・ミー』はその内容はもちろん、エンディング・テーマに使用されることにより永遠のスタンダード・ナンバーとなったベン・E・キングのタイトル曲(それ以前からスタンダード、クラシックスだったのだが)、今は亡きリヴァー・フェニックスが注目を浴びたことなどでも記憶に残る作品となっている。そして、この作品の登場以降の少年期の子供たちを主人公にした映画は全てといってもいいほど「あの『スタンド・バイ・ミー』の再来!」などと形容され、紹介されている。ただし、それらの作品は『スタンド・バイ・ミー』と比較すべきものではなく、それぞれがそれぞれの形で少年期の冒険の風景を切り取っているというのも事実である。今回紹介する『さよなら、僕らの夏』もそうした少年期を描いた作品のひとつである。
この作品の舞台はオレゴン州にある自然豊かな町。逆に捉えれば、少年から青年へと成長するに従い退屈さしか感じることがない、アメリカのどこにでもあるスモール・タウンのひとつである。物語の主人公はここに暮らす中学生の少年。とりたててどうということない普通の少年の彼は学校である生徒からの理不尽な攻撃を受ける。相手はガキ大将ではなく、どちらかといえば嫌われ者の同級生(確か、留年をしていたはずだ)。弟へのこうした嫌がらせを知り、そいつにいい感情を持っていなかった高校生の兄は復讐を提案。弟と兄はたわいもない計画を練り、それを実行に移すことになる、というもの。その結末はきっと想像がつくだろうが、この作品ではそうした結末よりも、そこに至る中で現れてくる彼らの心情の動きが重要な要素となっている。そこにある種の共感や痛みなどが生じてくるのだ。
例えば、主人公である少年は冒頭の理不尽な攻撃にあった後で、仲良しの女の子とふたりで話しながら「あいつが指をパチンと鳴らすだけで消えるならやるか」という会話をする(その答はYESだ)。実はふたりは互いに好意を寄せている。殴られ、顔を腫らして帰ってきた弟を兄は「天井の模様を見ていると面白いぞ」と慰め、俺が何とかするよと語る。中学生の喧嘩に高校生が出るのもどうかなと思うのだが、兄は同級生の仲間ふたりと共に計画を実行に移す。実はその仲間のひとりは復讐の対象となる少年にやられたことがあり、もうひとりは兄との関係などに鬱屈とした気分を抱えている。実は高校生である主人公の兄たちもごく普通の存在なのだ。一方、復讐される側の少年には友人はおらず、自分の日常を大切なビデオカメラで日記のように記録し続けている。それが見えない将来のためのプラン、自分の存在証明でもあるのだ。
少年と兄たちにとっての復讐の日は少年と少女にとっての大切な初デートの日でもある。そこにあの嫌われ者が同乗してきたことから、少女は嫌な不可解さを抱き、少年を追及する。一方、嫌われ者は考えていたほど悪い奴ではない。そうした部分は少年を復讐は中止して、皆で楽しく過ごそうというものへと変えていく。だが、その気持ちがずっと続くことはない。そこに火をつけるのは嫌われ者であるのだ。
監督はこの作品が長編デビュー作であるジェイコブ・アーロン・エステス。少年時代、自らも理不尽なイジメを被ったことのある監督は暴力的な復讐を考えるうちにイジメる側の心理に興味を持ち始め、彼らもひとりの人間であると気づいたという。こうした経験がこの作品の脚本へと結びつき、絶賛を受けるのだが、その当時はコロンバイン高校の銃乱射事件など少年たちのイジメ、暴力などが世間をにぎわしていたため、ハリウッドで進んでいた映画化の話も頓挫し、メジャー資本ではない形で作品は製作されることになる。そして完成した作品はサンダンス映画祭のHumanitas賞、インディペンデント・スピリッチ・アワードのジョンカサベデス賞、特別賞などを受賞するなど、様々な映画祭に出品され、高い評価を獲得していく。
ここまで書いてしまっていいのかも分からないが、作品の後味はほろ苦いどころではなく、相当に苦い。でも、計画的で、偶発的でもあるその結果が起こらざる得なかったということはきちんと描かれている。誰が悪いわけでもないし、誰もが悪いのである。余りにも浅はかな計画、行動は軌道修正が行われようが避けられることはなかったのかもしれない。そこから生まれるものは本当の痛みと後悔だけだ。その痛みや後悔がこれからの彼らの成長に対してどのような影響を及ぼしていくかは想像に頼るしかない。
そして、メインストリートも僅か数ブロック、暇をつぶすにはピザ屋やコンビニエンスストアしかないスモール・タウン。そんな逃げ場の少ない町に暮らす、家庭環境に押しつぶされていたり、どこか腑に落ちないものを抱えた少年たちの気分がこの作品にはきちんと捉えられている。そういったフラストレーションはどこかで爆発する。少年たちの計画とその帰結はだからこそ必然的なものであり、少年たちの演技と一体になったそうした部分に惹きつけられ、考えさせられる良作でもある。青春映画はもちろん、アメリカの青春小説が好きな方などには絶対に観てもらいたい作品だ。ぜひ、劇場に脚を運んでください。 |