「アジア各国で大ヒットを記録した、アンディ・ラウが自ら設立した製作会社で制作し、主演した、事故で亡くなった愛する妻の記憶から離れられない男の切なくも美しいラブ・ストーリー」
世の中には“○×四天王”といってその世界の代表的な人物を束ねることがある。最近では“韓流四天王”などがその代表だが、この“四天王”という表現は仏教から派生しているためだろうか、アジア圏以外を対象として使用されることはめったにない。香港映画界で縦横無尽に活躍しているアンディ・ラウも“香港四天王”と呼ばれた一人である(残りの3名はジャッキー・チュン、レオン・ライ、アーロン・クォックということで日本人にとってはピンと来ない部分もある)。今回紹介する作品はそのアンディ・ラウの魅力が詰まったラブ・ストーリー『愛と死の間で』である。
1980年代後半以降の香港映画ブームをレスリー・チャン、トニー・レオンらと共に引っ張ってきたアンディ・ラウ。1961年生まれというから、すでに40代半ばとなっているのだが、そうした年齢を感じさせることなく、勢力的に活動を続けている。最近では香港映画復活の狼煙を上げた『インファナル・アフェア』シリーズ、チャン・イーモウ監督の話題作『LOVERS』などの出演により、昔からのファンはもちろん、新たなファンも獲得している彼は中華圏ではあらゆる世代から愛され続けている。そんな彼は2005年に映画制作会社フォーカス・フィルムズを設立し、新たな才能の育成、よりエンタテイメント性に満ちた作品の制作にも乗り出している。彼が役者(それに歌手)としてだけではなく、プロデューサーとしても今後の香港映画界を引っ張っていく存在になることは間違いないだろう。
今回紹介する『愛と死の間で』も、自らが設立したフォーカス・フィルムズにより製作された作品である。その物語は純粋なラブ・ストーリーである。物語の主人公は優秀な外科医だった男。男は今では救護隊員として働いている。それは男が職務上のトラブルを起こしたからではなく、愛する妻を亡くしたからだった。ある日、彼は路上で事故を起こした車からひとりの女性を救護する。見ず知らずの女性だったが、彼は彼女を見た瞬間に何か共鳴するものを感じ、深い興味を抱いていくのだった。
事故で亡くなった愛する妻、その記憶の中で生き続ける男、男が偶然出会った女性。物語は男にとっての現実と記憶の中で進み、彼が偶然出会った女性の思い出と現実の中でも進んでいく。
もちろん、その内容は美しさと切なさに満ちた“泣ける”ラブ・ストーリーである。そのための仕掛けもうまく設けられている。でも、そうした仕掛けが気にならないほど、物語はストレートにこちら側へ訴えかけてくる。
物語のキーとなるのは現実という世界の中で男、亡くなった妻、救護した女性という3者を繋ぐものだ。ネタバレになるかもしれないが、これだけは書いておこう。それは男の亡くなった妻の心臓である。亡くなった妻の臓器はドナーとして誰かに提供された。もちろん、その相手が明かされることはない。でも、男はそれが救護した女性に移植れたのではと直感的に気付く(挿入される回想シーンで男が妻の胸部を聴診器で診察するシーンがある、その時、妻は“ドクンドクン”と愛の言葉のように言うのだ)。それゆえに彼は彼女の真実を知ろうと思うのだ。そこには妻への後悔してもしきれない気持ちが存在している。一方、妻の心臓を移植された女性は手術が成功したものの、拒絶反応が始まり、残された時間も少なかった。献身的だった愛する男も彼女のもとを去っていた。ここにある事実(仕掛け)が絡み、ふたりは貴重な時間を過ごすことになっていくのだ。
印象的なのは男が救護隊員になってから心がけていたことだ。それは徹底的な時間厳守である。勤務の終了時間にはきっかりと帰宅し、許容範囲を超えることはしない。それは愛する妻が亡くなったのも、今日こそはという食事の約束をしながらも急な接待で中止してしまったことが原因だからだ。それさえなければ、妻は生き残っていたかもしれないのだ。しかも妻は彼が約束を中止、変更した回数を手帳に記録していた(108回だ)。だからこそ、同僚の仕事で娘の発表会に行けないというグチには「絶対に行くべきだ」とも言う。
同じ職場には亡くなった妻の父もいる。彼は娘が亡くなったことを認めようとしていない。今日も娘に会ったなどと男と話したりする。男はそんな妻の両親と一緒に暮らしている。妻の母はそんなふたりにどこかやりきれない想いも抱えている。
『インファナル・アフェア』シリーズのアンドリュー・ラウ監督が「作品が成功したのはきちんとした脚本を書いたからだ」と語っていたが、香港映画では脚本がきちんとしていないまま撮影が行われることも多かったという。そうした部分と経済的な低迷が重なることで香港映画は低迷していった。ここ数年の復活はきちんと作品を作るという部分に支えられていると思う。この作品もそうした作品のひとつである。そして、作品の中には彼の妻が「韓流ドラマを観て泣くの」というシーンがあるが、この作品はそうした韓流作品へのいい意味での香港からの回答にもなっていると思う。
アンソニー・ウォン、ホイ・シウホン、ラム・シューといった脇、男に絡む女性を演じるチャーリー・ヤンとTwinsのシャーリン・チョイも素晴らしいのだが、何といってもこの作品はアンディ・ラウに尽きる(何しろ一人二役だ)。アンディ・ラウが好きなら、それだけで見逃せない作品だ
どこかで観たようなテーマやエッセンスが仕掛けとして取り入れられているが、それを無理に取り入れたのではなく、過剰さを押さえ、上手くまとめあげることによって生まれた切なくも美しいラブ・ストーリーであるこの作品は香港映画ファンはもちろんだが、“泣き”が好きなら観逃せないだろう。ぜひ、劇場に脚を運んでください。 |