「世界中の映像作家に計り知れない影響を与え続けているロッテ・ライニガー。世界初の長編アニメーション作品である『アクメッド王子の冒険』をはじめ、彼女の影絵の魅惑の世界が満載された特集上映」
一口にアニメーションといっても、そのスタイルは本当に幅広いものがあるということを知ったのは遅ればせながらここ数年のことである。デジタルで作られたもの、人形やオブジェを使用したものなど、作家が本当に手間隙をかけて製作した作品を観ることは個人的な楽しみにも繋がっていった。作家性も色濃く現れるし、驚くべき前衛性を兼ね備えたものもある。そのほとんどは短編のため、バラエティーにも富んでいるし、そして何より面白いのだ。今回紹介する特集上映『魅惑の影絵アニメーション
ロッテ・ライニガーの世界』もそういったアニメーションのひとつである。
“影絵アニメーション”というと多くの方が頭に浮かべるのは、昔、TVの天気予報として放映されていたものではないだろうか。この放送を担当していたのが日本を代表する世界的な影絵作家の藤城清治である。絵画と人形劇に魅了されていた藤城清治はアジアの影絵芝居と出合うことから、セミプロの人形と影絵の劇場を結成している。映画会社の宣伝部で働きかながら、その活動を続けていた藤城清治にとって大きな転機となったのが雑誌「暮らしの手帳」での影絵物語の連載開始だった。そのことについて藤城清治は「ぼくが昔、「暮らしの手帳」に影絵の連載をはじめたのも、編集長の花森安治さんが、ライニガーの影絵映画がすごく好きで、君なら、きっと出来るからやろうといたのがきっかけだった。」と書いている。この連載は大きな評判を呼び、藤城清治の影絵作家としての評価を決定付けていくのだが、そのきっかけとなったのがロッテ・ライニガーの存在だったのだ。もちろん、藤城清治もロッテ・ライニガーに多大な影響を受けている。
ロッテ・ライニガーは1899年にドイツのベルリンに生まれている。幼い頃から切り絵に熱中していた彼女は映画作家のパウル・ヴェゲナーに憧れ、15歳のときに彼の所属するマックス・ラインハルト劇団に参加する。1919年に初めての短編影絵映画、1926年には3年の歳月を掛けて完成させた『アクメッド王子の冒険』を発表している。この作品は世界最初の長編アニメーション作品であり、世界中の数多くの映像作家に計り知れない影響を与え続けている。その後、多くの短編作品を制作し、ジャン・ルノワール監督作品の影絵芝居の場面を担当するなどもしていたが、ナチスの台頭により自由な表現活動に制限がかかってきたことから第二次世界大戦中にドイツを逃れ、1948年からはイギリスのロンドンを基点に活動を再開し、1960年代前半まで精力的に作品を発表し続けている。その後は作品を制作と後進の指導を続け、1981年にドイツで亡くなっている。享年82歳だった。
今回の特集上映『魅惑の影絵アニメーション ロッテ・ライニガーの世界』で上映されるのは世界最初の長編アニメーションである『アクメッド王子の冒険』と数多く制作された彼女の短編作品の中から厳選された傑作5本である(劇場では『アクメッド王子の冒険』に2本の短編映画が組み合わされる形の3プログラムでの上映となる。その詳細はオフィシャルサイトを参照して欲しい)。多くの映像作家に計り知れない影響を与えている『アクメッド王子の冒険』は1929年に日本でも上映されたという記録が残っており、それをリアルタイムで観た故・淀川長治はその美しさに魅了されたということをエッセイに書き残している(「映画のおしゃべり箱」)。その後、ロッテ・ライニガー監督の作品の何本かは日本でも劇場公開されているというが、それらの作品がソフト化されること、リバイバル上映されるうこともなかった。世界的には圧倒的な評価を獲得しているものの、日本ではあまり知られていなかった巨匠がこのロッテ・ライニガーでもあるわけだ。
特集上映のタイトルに“魅惑(の影絵アニメーション)”という表現が使われているが、ロッテ・ライニガーの作品を観て、感じるのは正にその言葉の“魅惑”であり、“驚愕”という驚きでもある。とにかく映像の色合いが、動きが“魅惑”で“驚愕”なのだ。アラビアンナイトを下敷きにした冒険活劇『アクメッド王子の冒険』は1920年代に作られた作品である。全てが手作業で、ひとコマずつ撮影された作られたこの作品をデジタル技術の進歩により様々な表現手段を手にした現代は超えることが出来るのだろうかということも考えてしまう。何度となく映画化もされているビゼーのオペラ「カルメン」。このオペラをユーモアに満ちた10分にも満たない世界に押し込めたライニガーの独創性(これは1930年代の作品である)。何度も繰り返すが、それは“魅惑”の瞬間であった。
『アクメッド王子の冒険』は1999年に修復が行われ、欧米ではDVDも発売されているが、その上映は生伴奏つきが基本だった(よってイベントでの上映に限られていた)。今回の上映では新録音音源を使用したドルビー・ステレオ・サウンド付きプリントという世界で初めて制作されたスタイルでの上映となる。その他の作品も初めて35mmに起こされたニュープリントでの上映となる。間違いなくアニメーション、影絵への認識が変わるであろうこの特集上映『魅惑の影絵アニメーション
ロッテ・ライニガーの世界』にぜひ、脚を運んでください。 |