「おしゃれな雰囲気、そしてダメ男。フランスから登場した男には痛い、フランス映画らしい恋愛話」
うちのサイトで試写会プレゼントをすると「ヨーロッパ映画はよく知らないので、フランス映画はよく知らないので(観たい)」というコメントがよく書かれている。そういうコメントを読むと「そうか。確かにそうかもしれないな。」とも感じてしまう。映画館で映画を観るのは月に数本(これもよく寄せられるのだが映画は確かに“高い”)、レンタル・ビデオもヒットした話題作が中心のセレクションとなってしまっているのだから、これは仕方ないことなのだろう。ミニ・シアター全盛期、ヨーロッパ映画の面白みを知って育った世代とは環境が変わってしまっている。今回紹介する作品『メトロで恋して』はヨーロッパ映画の代表格であるフランス映画らしい味わいを持った恋愛映画である。
恋愛映画、そのフランス映画らしい味わいとは何だろうか、と思う向きもあるかもしれない。これは個々の解釈により差が出ると思うが、私自身は雰囲気のおしゃれさ、結果や過程の辛辣さ、そして男のダメさ加減ではないかなと感じている。ハリウッドものとは違い、なんかハッピーエンドとならないものが多いし、普段の何気ない格好、食事などのセンスは圧倒的に上、そして、今回の作品でもこれが重要なんだけど、現実を見据えている女性に対して、男性が子供。どうしてこういうシチュエーションになってしまうのかは分からないが、これがフランス人の気質なんだろうか。
物語の主人公は32歳の売れない役者の男と28歳の作家を目指す女性。彼らが初めて出逢う場は地下鉄(メトロ)の車内。まず、この出会いのシーンがとてつもなく素晴らしい。自分の対面の席に座っていた女性に対して、彼は「お茶でもどう?」とノートに綴った言葉を示すのだ。それに対して、彼女はいくつかの気の利いた返しをノートに書き込み示す。そして、電話番号を教え、地下鉄からひとり降りていく。電話番号を手に入れることの出来た男の喜びも手にとるように伝わってくる。こうしてふたりは必然的な恋に落ち、自然と同棲生活に入っていく。最高に幸せな瞬間を描いたエピソードの中で最も印象的なのは夜も更けてからのセーヌ河岸でのシーンだ。初めてのデート、その喜びをパリ中に伝えたいというくらいの気持ちが湧き出したシーン、必然的にふたりは一夜を共にすることになる。フランスでは結婚という形式をあえて取らず、同棲の形で家庭をつくっていくパターンが多くなっている。この幸せなカップルも間違いなくそこにゆったりと突き進んでいくと思えたのだが、思っても見なかった障害が立ち塞がる。それが彼女のHIVプラスという診断結果だった。自分たちがそれぞれに目指した、役者、作家としてもうまくいっていなかったが、そうした部分を補いながらうまくやっていた。でも、この宣告はそうした補っていたものすら、バラバラにしていく。
監督、脚本はこれが初の劇場長編作品となるアルノー・ヴィアール。自身の体験を下地にしているのか、という質問には「確かに自伝的な部分とフィクションが混ざり合っています。」と語っている。自伝的な最も大きな部分は監督自身も売れない役者だったということだ。この作品も最初は自分自身が主演する予定だったが、映画という作業に身を入れていくにつれ、簡単にいかないことに気付いたという。結果的には「自分で演じなくて本当によかったと思っていますし、作品の主人公が成長していくように、僕も成長し、大人に近付きました。」と語っている。物語で最初に目指したのは、自分自身の矛盾に向き合う現代青年の心を描くドラマだったという。
主演のカップルを演じるのは『ブルー・レクイエム』のジュリアン・ポワスリエと『君が、嘘をついた』のジュリー・ガイエ。
楽しくて仕方がないような幸せは長く続かない、停滞は長い。でも、それでも必要なんだという気持ち。この気持ちを持ちながらも、一番大切なときに表に出せないダメ男を描いたのがこの作品なんだろう。傍から観ていると「それじゃあ、ダメだよ!」と鳴ってしまうのだが、同じ轍を青年という年齢を超えても踏み続けてしまう身にはグサッと来る部分もある。成長しながらも、繰り返してしまう。それって、成長してないんだろ、いや、成長してるんだよ。こうやって観ている分には理解できるんだからねとどこかグダグダとなってしまう。「自分のことしか話さない」というセリフも痛い。気づいていながらも踏ん切りがつかない男は最後の最後にあるきっかけで動く。やっと、分かっていたもの、大切なものに対して動き出す。それはいつだって遅すぎるのだが。
セーヌ河岸でのミュージカル的シーン、音楽や小物の使い方のうまさなどはさすがフランス映画。デートで観ると話題は増えても、男はグサッと突かれそうな作品。でも、久々に登場したフランス映画らしいいい内容の恋愛物語だと思う(反面教師ではなく、自分に重なる面が痛いが)。ぜひ、劇場に足を運んでください。
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