「アニメのカンヌ映画祭とも称される映画祭でグランプリを受賞したファンタジックでノスタルジックな味わいに満ちた韓国のアニメーション」
アニメーション大国である日本ではディズニーなどのメジャー系の作品や欧米のアート系で括られる作品以外のアニメーションがロードショー公開されることは稀である。特に同じアジア圏の作品が公開されることはめったにない。今回紹介する『マリといた夏』はそんなめったに公開されないアジア圏のアニメーション作品である。
この作品『マリといた夏』が制作されたのはお隣の国である韓国。となると「なるほどね」と感じる方も多いと思うが、あの“韓流”の余波から公開されることが決定したであろう作品なのである。もちろん、おばさん世代を中心とした“韓流”ファンに対する大きな売りがある。“四天王”と呼ばれ、絶大な人気を誇るイ・ビョンホン、『シルミド』、『酔画仙』など韓国を代表する俳優であるアン・ソンギが声(声優)を担当しているのだ。でも、そうした部分は関係なく、素晴らしい内容を有しているのがこの作品なのである。
主人公はソウルで働く青年ナム。ある日、彼のもとに幼馴染のジュンホから連絡が来る。ジュンホは仕事で数年間、海外転勤になるというのだ。久々の再会で話題となるのはふたりが幼い頃を過ごした田舎の話。あの同級生や両親の現在、そんな話題からナムはジュンホと過ごしたあの思い出深い日々に想いを馳せる。12歳の夏、父親を事故で亡くしたことから内に閉じこもりがちの性格になっていたナム、唯一の親友であるジュノはこの夏を最後にソウルへと引っ越すことが決まっていた。そんな夏にふたりは不思議な体験をする。それは犬のような生き物に乗ったマリという少女との出会いだった。この出会いはある奇蹟へと繋がっていく、という物語のこの作品はアニメーションのカンヌ映画祭とも称される2002年アヌシー国際アニメーションフェスティバル長編コンペ部門2002グランプリに輝くなど世界中の映画祭で絶賛を受け、2004年には北米でもロードショー公開されている。それだけの評価を獲得した作品がやっと日本でも劇場公開されることになったのだ。
監督は韓国の映像作家であるイ・ソンガン。この作品『マリといた夏』が初めての長編アニメーション作品になるが、1998年に発表した短編アニメーション作品『Ashes
in the Thicket』が世界的な評価を受けるなどその筋ではすでに名を知られていた。映像作家という肩書きの通り、アニメーションだけにこだわらず、実写映画、韓国の民話を絵本とアニメーションで作品化するなど様々な映像表現に挑んでいる。今後、注目すべき才能であることは間違いないだろう。
オープニングのカモメが飛んでゆくの追うように空から冬のソウルの街並みを描き、主人公のナムの勤める会社へと運んでいくシーンなど青を基調としたパステル調の、でもアジア的色合いを感じさせるゆったりとしたテンポの映像感覚も心地よく、自然と物語の中へと引き込まれていくこの作品『マリといた夏』。
欧米では“韓国の宮崎駿”とも形容されたというが(監督自身、その影響を語っている)、「なるほどなー」と確かに感じてしまう部分がある。最も大きいのは物語のテーマだろう。そこに描かれているのは子供だからこそ味わえる、ノスタルジックな、日常のファンタジーである。内気な少年であるナムは文房具屋で見つけたビー玉を通して、不思議な体験をする。それが犬のような生き物に乗ったマリという少女との出会いだ。ナムの日常は母親に新しい恋人らしき人物が現れたり、唯一の親友であるジュンホの転校が決まっていたりと気落ちする出来事ばかりで内向的な性格に更に拍車がかかっている。そんな中でのマリという少女との出会いは彼にとって心を開くことが出来る場であり、その秘密を親友であるジュノと共有することでより友情が深まっていく。そして、マリを通じての奇跡が起きる。宮崎駿などスタジオ・ジブリの一連の作品と同様に子供よりも大人が少し感傷的な気分を感じながら楽しめる世界がそこには存在している。
夏に公開される子供の頃に体験したようなファンタジックでノスタルジックな世界を描いた素晴らしい作品『マリといた夏』、ぜひ、劇場に足を運んでください。
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