「『リアリズムの宿』などダメ男の世界を描いてきた山下敦弘監督が放つ、ストレートで切なく、愛しい“バンド青春映画”の傑作」
『どんてん生活』、『ばかのハコ船』、『リアリズムの宿』という独特のオフビート感覚に満ちた、こういう状況ってあるよなという世界を描くことで圧倒的な評価と熱狂的なファンを獲得してきた山下敦弘監督。そんな山下監督の待望の新作が公開される。それが今回紹介する『リンダ
リンダ リンダ』である。
『リンダ リンダ リンダ』というタイトルから「あれ?!」と感じる向きもあるかもしれないが、この作品のタイトルは今はなきバンド
ブルーハーツの同タイトルの名曲から取られている。“ドブネズミみたいに美しくなりたい。写真には写らない本当の美しさ。”という絞る出すように歌われる出だしから、ステージもフロアもポゴ・ダンスの嵐のようになってしまうサビの“リンダ
リンダ リンダ”のリフレインに終わるこの曲に熱狂した方、思い入れのある方も多いだろう。きっとカラオケで歌い続けている方もいるはずだ。この作品はその曲、ブルーハーツの曲を高校の文化祭で演奏するまでの女子高生バンドの僅か数日の物語を描いたストレートで切なく、愛しい青春映画である。
今までの作品では世間の主流からは完璧に外れてしまったダメ男の世界を描いてきた山下監督が女子高生を主役とした真っ当な青春映画を撮るなんて・・・・と個人的には期待と不安を感じてしまったのだが、それは監督自身も同じだったらしく「自分が今まで監督してきた作品にはかならず自分を投影できる要素が入っていた。しかし、今回は“ブルーハーツ”、“女子高生”、“コピーバンド”。正直、どれにも自分の入る隙は無く、シナリオを書いておきながら物語とキャラクターが自分の中に馴染むことができなかった。」と語っている。この作品の企画が立ち上がったのはプロデューサーがブルーハーツの楽曲を必ず1曲はカバーするというイベントがあると聞いた時だという。実際のイベントを目の当たりにして、オリジナル楽曲よりコピーの方が面白いし、それを女の子たちにやらせたらいいかもと考えたプロデューサーは数多くのロックのライブに通いながら、「ああでもない、こうでもない」と企画を煮詰めていく。その際、監督の候補としても様々な名があがったが、『リアリズムの宿』の音楽的テンポ、滑稽味、年齢的な若さなどから直感的に山下監督をセレクト、山下監督も快諾し、色々な企画を出しながら、撮影準備は進められていく。そんな企画の中で「ボーカルを韓国女優ペ・ドゥナにしたらどうだろうか」というアイデアが山下監督より出され、ダメもとで来日していたペ・ドゥナに企画書などを手渡し、出演をオファー。これも見事に快諾される。その他のバンドのメンバーは前田亜季、香椎由宇、関根史織(Base
Ball Bear)という面々。この面子は同じバンドのメンバーに見えるかというスタイル、雰囲気も吟味しながらセレクトされた。こういったことを積み重ね(バンドは練習に悪戦苦闘しながら)、製作されていったこの作品だが、山下監督の“違和”ともいうべき気持ちは最終日まで残っていたという。しかし、そうした気持ちを払拭したのが最後の文化祭での演奏のシーン。ブルーハーツが全く色褪せていないことを体で実感した山下監督は「これで良かったんだ」と思ったという。
軽音楽部の大きな発表の舞台である文化祭。高校生活最後の同じバンドの3人組は途方に暮れていた。ギタリストの骨折、内輪揉めによるボーカルの離脱でバンドは空中分解していたのだ。それでも文化祭には出ると決めた3人は何をやろうかと部室で先輩たちが残したテープを漁る。プリンセス・プリンセスだと思ったテープから流れたのはブルーハーツ。彼女たちはそれをやることに決める。この部室でのテープ漁りのシーンから音楽好き、バンド経験者は興味をそそられていく。ボーカルもその場の成り行きで友人らしい友人もいない韓国からの留学生に決定。完全な素人のボーカルをメンバーとし、今までやっていない曲を演奏することになった半ば急造的なバンドが文化祭のステージで演奏するまでの僅か数日間、高校の文化祭、バンドという魔法を生み出しやすい空間、時間、瞬間を山下監督は何気なく切り取り、切なさがつのるように描いていく。深まる友情、ちょっとした恋の話はもちろん、山下監督らしいオフ・ビート感覚、ズレた感覚の笑いも日本語の不自由な留学生役であるペ・ドゥナを起点にうまく取り込まれている。従来の作品もいいが、その殻を大きく破った、より多くの人に受け入れられる山下監督の代表作になることは間違いない内容の青春映画だ。
印象的なシーンがいくつもあるが、つなぎのように入れられる空や誰もいない校舎の映像が素晴らしい効果を発揮している。特にラストの演奏シーンに入れ込まれるそのシーンにはなんてことはないのに心を大きく揺すられた。そして、監督自身も語っている色褪せないブルーハーツの歌が胸に突き刺さってくる。個人的にはライブハウスで出逢ったのが20年前。その頃と変わらぬ感覚、忘れ去っていた感触をもういちど取戻したような気分だった。様々な世代で様々な受け止め方が出来るであろう“バンド青春映画”の傑作『リンダ
リンダ リンダ』、ぜひ、劇場に足を運んでください。
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