「大ヒット作『クリムゾン・リバー』の原作者であるジャン=クリストフ・グランジェのベストセラー小説を映画化したフランスの移民社会を背景に置いたアクションも満載のミステリアスなサスペンス・ドラマ」
このところ(2005/11現在)、フランスのパリ郊外での移民による大規模な暴動に関するニュースが日本でも報道され続けている。社会主義政権下のミッテラン大統領の時代に多くの移民に門戸を開放し続けたフランスだが、国内の不況はもちろん、結局のところ移民をうまく取り込めない社会構造が存在し続けたこと、渦巻く不満を放置し続けたことが、この暴動へと繋がっているのだろう。大ヒット作『アメリ』など俳優としても活躍するマチュー・カソヴィッツの監督、脚本による『憎しみ』という作品は、こうした移民たちの不満を明確に捉えたものとして印象に残っている。今回紹介する『エンパイア・オブ・ザ・ウルフ』はフランスの移民社会というものを背景に置いたミステリアスなサスペンス・ドラマである。
物語の背景となるのは連続して起こるトルコ人女性の殺人事件。彼女たちは法律の網を掻い潜ってきた不法移民のため、警察は早々と捜査の打ち切りを宣言するが、ひとりの若い刑事が再捜査を始める。彼は捜査のためにトルコ人コミュニティーの裏事情に通じた、凄腕だが、悪評も限りないベテラン刑事に協力を仰ぐ。ベテラン刑事のあまりにも強引なやり口に怒り、辟易しながらも二人は事件の鍵となるトルコ人コミュニティーの奥深くへと潜行していく。一方、高級官僚の妻として何一つ不自由なく暮らしていた女性は目の前にいる自分の夫の存在が認識できなくなっていた。他の社会的な事実などは明確に憶えているのに夫との馴れ初めやその存在が自分の記憶から抜け落ちているのだ。そのことに思い悩み続けている中で彼女は自分の顔や頭に見覚えのない傷があることに気付き、その真実を知るために姿を消す。二人の刑事が執拗に追う事件、逃走した高級官僚の妻はある地点で結びつく、この辺は自ずと想像がつくだろう。この作品の面白さはそうしたエンタティンメント的なストーリー展開もあるが、そこに加え、フランスの移民社会の闇的な部分も描いている部分にもある。
この作品は世界的なベストセラーとなった小説を映画化したものである。その小説を手掛けたのは映画化もされ、大ヒットを記録した「クリムゾン・リバー」のジャン=クリストフ・グランジェ。彼はこの小説について「私の小説は、自分のジャーナリスト時代のルポルタージュに着想を得たものが多いのですが、今回は、ふたつのことを混在させて描こうと考えました。ひとつは機械を使ったマインド・コントロール。もうひとつは信心として祖国であるトルコへの回帰を目指す、政治色を持った信仰宗教集団の“灰色の狼”です。」と語っている。グランジェは政治色を持った信仰宗教集団として“灰色の狼”を語っているが、この組織はヨーロッパでは極右のテロ組織として恐れられおり、数々の要人暗殺を実行している。また、この組織の仕事も請けていた人物が後にローマ法王の暗殺未遂事件も起こしている。この組織の存在をエンタティンメントを目的としたフィクションとはいえ、こういった形で描いたことがフランス国内で大きな話題となったであろうことは想像に難くないし、それがフランス国内での公開と同時の大ヒットにも繋がったのだろう。補足するまでもないだろうが、ふたりの刑事が潜行することでたどり着くのが、この“灰色の狼”であり、マインド・コントロールを受けているのが逃走した高級官僚の妻である。
出演は凄腕だが悪評も限りないベテラン刑事役に日本でも大きな人気を獲得しているジャン・レノ、若き刑事役に『なぜ彼女は愛しすぎたのか』などの作品で大きな注目を浴びる若手俳優ジョスラン・ギヴラン、逃走した高級官僚の妻役に『ブレイド』のアーリー・ジョヴァー。監督は『キス・オブ・ザ・ドラゴン』のクリス・ナオン。原作者のジャン=クリストフ・グランジェはクリス・ナオン監督らと共同で脚本も手掛けている。
極右のテロ組織として恐れられている“灰色の狼”のことを書いたが、この作品を観ただけではそれが実在する組織であるという印象は薄いかもしれない。それほど、作品はエンタティンメントとしてのまとまりと面白みにくるまれているのだ。ただ、作品の撮影では“灰色の狼”との結びつきもあるマフィアなどから圧力や脅しを受け、脚本を書き直したりした部分もあったという。誰もが存分に楽しめるエンタティンメントではあるが、そうした事実が大きな評判を生んだということを頭に入れておけば、今のフランスで起こっている不況と差別に端をを発した移民による暴動を多少なりともこの作品に重ねることも出来るのではないだろうか。
作品ではジョスラン・ギヴラン、アーリー・ジョヴァーも素晴らしいが、ここ最近はどうもぱっとしない出演作しか目に付かなかったジャン・レノがふてぶてしさを持ちながらもその裏に優しさを隠したベテラン刑事役をはまり役のように演じている。このジャン・レノはファンにとっては久々の大きな収穫となるのではないだろうか。
エンディングの展開などは「うーん」という部分もなきにしもないのだが(これは個人的な嗜好ですね)、全体としては十二分に楽しめるエンタティンメント・アクション・スリラーに仕上がっている。フランス映画好きというよりもスリラー、アクションなどエンタティンメント全般が好きな方にはお薦めの作品だ。ぜひ、劇場に脚を運んでください。 |