「世界でも最も精力的な映画監督ジョニー・トーがケリー・チャン、リッチー・レンらを迎えて送り出す、物語、キャラクター、映像が引き立ち、交わったサスペンスフルな人間ドラマの傑作」
“香港映画の元気がない”ではなく、いい作品が公開されているのに“香港映画を観てくれる客がいない”のかと感じてしまうことがある。香港映画とは関係のない映画宣伝をやっている方からも「公開される作品が多すぎるから届かないのですかね。映画人口は増えているんですかね。」というため息のような、嘆きのような呟きを聞くことがある。ま、映画が高い!など観る側には大きな理由もあるし、シネコンの普及がある種の弊害をもたらしている部分もあるのだろう。様々な原因が重なって、公開前段階での話題が行き届かず、そのまま数週間で幕を閉じてしまう作品は本当に多い。香港映画も話題作以外はそうした部分でうまくいっていないのだろう。ただ、興行はうまくいかずとも面白い、観て欲しい、ヒットして欲しいという理由から良質な香港映画が小規模ながらも公開されている。今、世界で最も精力的な映画監督兼プロデューサーであるジョニー・トー監督もそのひとりだ。今年(2005)は3本の彼の監督作が公開され、来年には更に1本の公開が予定されている。今回紹介するのはジョニー・トー監督の今年の3本目の公開作となる『ブレイキング・ニュース』である。
東京では現在(2005/11)、レイトショーで絶賛公開中の小粋なラブ・ストーリー『イエスタデイ、ワンスモア』、興行的には苦戦を強いられたが、香港と同様に圧倒的な評価を獲得したサスペンス・コメディ的群像劇『PTU』、そしてこの『ブレイキング・ニュース』。この3作品が今年、日本で公開されるジョニー・トー監督の作品である。実はジョニー・トー監督は毎年、これくらいのペースで作品を監督し続けている(これにプロデューサーとしての仕事も加わる)。そのペースは3、4ヶ月に1本、しかもその作品のレベルが高い、面白いという類稀な監督なのである。そのレベルの高さ、面白さは日本でも作品の多くが公開されてきていること、そして香港でのヒット&評価、世界の映画祭にも招聘されていることが証明している。この作品『ブレイキング・ニュース』はカンヌ国際映画祭に正式招待されている。
この作品の物語の舞台はもちろん香港。犯罪組織を待ち伏せ捜査する刑事たちが追跡を始めようとしたその時、予想しない状況が重なり、犯罪組織の人間たちと刑事たちの銃撃戦が始まる。逃げる犯罪組織の人間たちに対し、刑事たちは街中で彼らを追い詰めようとする。しかし、この捕り物劇は失敗。しかも交通事故の現場を中継、取材していたマスコミにその様子の一部始終を報道されてしまう。その中には犯人に撃たれまいとし、手を挙げ、命乞いをする警官の姿まであった。マスメディア、市民からの非難を浴び続ける警察は機動部隊にワイヤレスカメラを仕込み、犯罪組織の人間の逮捕までの全てを中継し、名誉回復をはかろうとする。物語は警察内での力関係、マスコミを利用しあいながらの攻防戦などを通しながら、ラストの犯人との対決へと進んでいく。
監督のジョニー・トーはこの作品の発端について「理由はふたつ。ひとつは私は警察と犯人との対立を描いた映画を何本も撮ってきた。それで、ある時“両者の関係は第三者にはどのようにみえるのか”ということを考えた。もうひとつは電子メディアの発達。いま、ここで事件が起これば10分あまりで全世界に知れ渡る。9.11のテロ事件がいい例で、大したタイムラグもなく、あの映像をまるで現場にいるかのように見てしまった。そのことで人々の事件報道に関する考えが変わってきていると感じたんだ。」と語っている。9.11のテロ事件後、「ああいうことが現実に起こるとは思わなかった」、「映画みたいだった」などという発言が相次いだ。これを現実に起こっていることがTVを通して劇場化したというのは短絡的過ぎるかもしれないが、それ以前から事件中継はそうした傾向に向かっている(その際たる例はアメリカでの犯人追跡のカーチェイスだろう)。この作品では警察のイメージアップの手段として、機動部隊にワイヤレスカメラを仕込んでの中継が選択される。しかしそれは100%の完全リアル中継ではなく、警察側により手が加えられたものである。こうした状況をジョニー・トー監督は「警察の仕事が“犯人をどのように捕まえるか”ではなく“事件を市民にどのように伝えるか?”になっていると思う。世界中の警察で政治的な武器として、そのようなテクニックが必要になってきているんだ。」と語っている。企業は広報の時代という言われ方もしていたが、犯罪検挙率の低下、身内による犯罪の増加などに打ちのめされているこの国の警察のあり方を見てもジョニー・トー監督のこうした発言には思い当たる節があるのではないだろうか。
ジョニー・トー監督はこの作品で「自分もフレッシュにする」という意味合いから今まで彼の作品へ出演したことがないケリー・チャン、リッチー・レン、ニック・チョンという3人の香港を代表する俳優を主演に抜擢。もちろん共演にはラム・シュー、サイモン・ヤムというジョニー・トー組ともいうべき常連も顔をそろえている。
雲がかかった晴れ間の中にそびえるビルの白くとび気味の映像、ここから香港の裏通りの一角へと移動し、そこで始まる銃撃戦の様子もクレーンを使いながらなめるように捉えていく長まわしのシーン、とにかくこのオープニングの優雅さ、素晴らしさに圧倒される(この作品はこのシーンをスクリーンで観るだけでも映画的な醍醐味が堪能できると断言したい)。その後、ケリー・チャン扮する指揮官が主導する犯罪組織課と銃撃戦で犯人を捕り逃してしまったニック・チョン扮する重犯罪特捜班の刑事との心理的な対立、警察のマスコミの利用に対する犯人側の切り替えし、それに煽られ、煽るマスコミなどを背景に置きながら、物語は進んでいく。その内容はサスペンス的要素もあるが、間違いなく人間対人間のドラマだ。高層アパートに逃げ込み、追い込まれ、ある部屋に人質をとりながら閉じこもる犯人。アパートからの避難の際に警察に気付かれ、その部屋に押し込んだ殺し屋、そしてその部屋に暮らしている人質となった家族。それぞれに生き残るという目的を持つ彼らは自然と心を通わせ始める。そのきっかけとなる食事、料理の手際も映し出されるのだが、このシーンの導入が絶品だ。また、ケリー・チャン扮する指揮官はある種の冷酷さ、デジタルさを持ち、それに対するニック・チョン扮する刑事は熱血漢で肉体的(アナログ的)。これは両部署の特徴としてもうまく描かれている。こうした登場人物ひとり一人のキャラクター、関係がしっかりしているからこそ、この緊迫した1日にも満たない物語には善と悪の単純な対立ではなく、優しさやユーモアにも満ちた人間ドラマとして成立している。
日本では香港映画の興行的な不調が続いているが、この『ブレイキング・ニュース』はオープニングの絶品の長まわしからエレベータの内部を断面的に切って見せるシーンなど素晴らしい映像、物語、そしてキャラクターが引き立ち、交わった、香港映画の底力を見せ付けるスタイリッシュなエンタティンメント作品となっている。映画が好きなら、エンタティンメントが好きなら、ぜひ、劇場に脚を運んでください。 |