「“未熟で身勝手な大人とそこに翻弄されている子供たち”、一人息子をモデルにしようと奮闘するシングル・マザーと一人息子の関係から見えてくる親子の関係を描いた、西田尚美、久々の主演作」
家族の形態が更に変わりつつある。そんな感覚を多くの方々が持っているのではないだろうか。単身者の世帯、共働きの世帯はもちろん、主婦ならぬ主夫の家庭、離婚などによる片親の家庭も増加している。家庭内での団欒も親と子の家族が暮らす2世帯住宅の増加によりより密になる部分がある反面、より空洞化も進んでいる。挙げていけばきりがないが、家族形態とそのあり方は更に変化していくだろう。今回紹介する作品『愛してよ』はシングル・マザーとその一人息子を主人公とした作品である。
物語の主人公であるシングル・マザーは一人息子をモデルにしようと奮闘している。彼女は一人息子のために自分の仕事そっちのけでオーディションに臨み続ける。営業成績もいいので、会社は彼女を首にも出来ないのだ。一方の息子はモデルになろうという気はほとんどない。ただ、お母さんが喜んでいるから付き合っているという感じだ。息子は大きなファッション・ブランドのモデル・オーディションを勝ち上り、母親は大喜びをするが、お母さんが再婚を考える相手の登場で自体は少しずつ変わり始める、というのが、この作品の大筋だ。
母親の頑張りとそれに付き合ってあげている息子、そして息子にとって望んでもいない再婚相手の登場。ここだけを見るとありきたりのちょっと感動的なシングル・マザーの物語かなと思ってしまうかもしれない。でも、この作品が描こうとしている部分はそうした部分だけではない。もっともっと深い、現在の社会とリンクした部分を描こうとしているのだ。それを端的に表せば、“未熟で身勝手な大人とそこに翻弄されている子供たち”ということになるだろうか。
主演はシングル・マザー役にTVドラマに映画にと幅広く活躍する女優 西田尚美、息子役に映画初出演の塩顕治。その他、松岡俊介、野村祐人、鈴木砂羽、菅田俊、筒井真理子などが出演している。監督はVシネマを中心に『ダンジェ/Danger
de mort』などの劇場作品も発表している福岡芳穂。
この作品の主人公は息子のためにとモデル・オーディションを受けさせている。でも、それは息子のためではなく、自分自身の楽しみでもある。離婚後の子育てと仕事に追われてきた彼女の唯一の楽しみは息子を自分の色に染めることなのだ。息子自身もそれを分かり、付き合っている。大人と子供という精神的な立場がここでは完全に逆転している。母親は息子の友人との関係もコントロールしようとする。挙句の果てに息子はイジメにすらあっている。息子はそのことを母親には言わない。それもこれもそうすることで母親を傷つけたくないのだ。彼が勝ちあがっていくモデル・オーディションで知り合う子供たちは誰もがそういった大人の身勝手さ、子供っぽさに振り回された結果のゆがみを抱えている。じゃ、そういった子供たちが望んでいることは何なのだろうかと考えると、この作品のタイトルである『愛してよ』ということになる。でも、この行動は逆に子供たちから親に望んでいるものでもあるのだ。どちらかが毅然とし続けるわけでもなく、あまりにも脆弱な関係の上に成り立っている親子とそれが生み出したゆがみをこの作品は描いているのだ。
ゆがんだ上に孤独な関係の逃げ場はどこにあるのか。それは安直すぎるが、深刻な死という行為にしかないのかもしれない。だから、この作品には死が付きまとっている。高さを強調した撮影(見上げたり、見下ろしたり)、重要な場所として何度となく登場してくる屋上はそうした部分も含んでの作品の象徴にもなっている。
作品の発端について監督は「僕は映画をやり始めた当初から、子供を描く映画をやりたいと思っていました。イノセントなばっかりの子供でなく、社会や家族から皺寄せを受けたり、何かの起爆剤としての存在になるかもしれない存在としての子供を通して、今の社会なり、自分自身なりを見つめたいと考えた。」と語っている。僕自身もこの作品を観ながら、親として、自分自身としての自分の状況を考えてしまった(他人事ではない)。そういう点でこの試みは成功していると思う。きっと、作品を観終わるとタイトルとは裏腹の強烈なインパクトが残るはずだ。
台本を渡されずにその場の状況をインプットされながら演技したという息子役の塩顕治、必死に生き続けながらも自分を見失った感のあるシングル・マザーを演じる西田尚美、完全に自分を失った元父親を演じる松岡俊介など役者陣も素晴らしい。ある出来事の後、食べ放題の店でパスタを喰らいつくシーンなど印象的なシーンがいくつもある。印象的というよりも響いてくるとした方が適切だ。あのエンディングの後はこちらに投げかけられている。
ありがちなシングル・マザーの物語ではない様々な想いを感じさせる作品『愛してよ』、ぜひ、劇場に足を運んでください。 |