「ジプシーをテーマに様々な音楽的ドラマをとり続けてきたトニー・ガトリフ監督が自らのルーツの地アルジェリアとフランスの繋がりを描いた傑作ロード・ムービー。カンヌ国際映画祭監督賞受賞作」
ほとんどの映画には音楽が欠かせないし、映画に被せられる音楽が映画に味わい深い印象を生み出していく。音楽をテーマにした映画も数多い。代表的なものはミュージカルであったり、ミュージシャンの伝記的なものであったり、ストレートにライブドキュメントであったりする。音楽をテーマに物語を描く監督は職業的なというよりも、それが自分自身の根っ子を形成しているからだろう。失敗作になろうが、成功作になろうが、そこには大いなる想いが存在しているのだ(ま、これは他の作品についても同様だろう)。今回紹介する作品『愛より強い旅』の監督トニー・ガトリフもそうした自分自身の根っ子にこだわり、作品を撮り続けている監督である。
トニー・ガトリフという監督の名がどれほど知られているのかは分からないが、『ガッチョ・ディーロ』、『僕のスウィング』、『ベンゴ』という作品を憶えている方は多いのではないだろうか。『ガッチョ・ディーロ』ではジプシーの歌声に魅せられた青年がその歌姫を探し、ジプシーの村を旅し、『僕のスウィング』では少年がジプシー・ギターの名手に心を奪われ、彼に手ほどきを請い、『ベンゴ』はフラメンコをモチーフにジプシーの男の生き様を描いていた。それ以前の『モンド』、『ガスパール、君と過ごした季節』にも音楽、登場人物などにジプシーの色が現れているし、『ラッチョ・ドローム』というインドからヨーロッパへと至るジプシー音楽の流れを捉えてたドキュメンタリー作品もある。こうした部分からも分かると思うが、トニー・ガトリフ監督はジプシーの血にこだわり、作品を作り続けているのだ。
トニー・ガトリフ監督は1948年にフランスに生まれている。父方はフランス、母方はスペインのアンダルシア地方にルーツを持ち、この母方の血がジプシーへと繋がっていると思われる。彼と家族は1960年代初頭にアルジェリアからフランスへと渡る。ちなみにガトリフ監督が生まれた頃のアルジェリアはフランスの植民地下であり、彼と家族がフランスへと渡った60年代初頭はアルジェリアの独立戦争の混乱の最中にあった(1962年に独立。この間のドラマは『アルジェの戦い』という作品に描かれている)。フランスへ渡ったガトリフ監督はストリート・チルドレンのような生活をしていたというが、映画だけには興味を持ち続け、演劇学校に入学。役者としてデビューを果たし、1983年に『LES
PRINCES』(日本未公開)で映画監督デビュー(この作品もジプシーの生活を描いたものだという)している。発表する作品は高い評価と熱狂的な支持を獲得していたが、この作品『愛よりも強い旅』ではついに2004年カンヌ国際映画祭最優秀監督賞を受賞している。
この作品『愛より強い旅』の物語はパリから始まる。そこのアパートメントから市内を眺める裸の男、そして彼のベッドに裸で横たわる女。ふたりは思い立ったかのように旅を始める。目指す地はアルジェリア。お金も予定もない中、電車にトラックに潜り込み、歩き、様々な出会いを経験しながら彼らは旅を続けていく、というものだ。作品は恋人同士がフランスからアルジェリアへと辿るロード・ムービーであり、音楽のルーツを辿るロード・ムービーともなっている。そして監督自身のルーツを辿るロード・ムービーでもあるのだ。
主演は『スパニッシュ・アパートメント』、『真夜中のピアニスト』、『ルパン』と出演作が相次ぐ、フランスを代表する若手俳優ロマン・デュリスと、この作品が日本初公開作となる新進女優ルブナ・アザバル。
肌の穴が見えるほど背中に寄ったカメラがどんどんと引いていき、アパートメントの窓から裸でパリの市外を眺める立ち姿へとなっていく印象的なオープニングから始まるこの作品は恋人同士がアルジェリアへと旅をしていくロード・ムービーである。旅に関しての説明らしい説明はないし、恋人同士だから途中でいざこざが起こったりもするが、実はそういった部分はそんなに重要でもない。この作品で重要なのは彼らが自らのルーツへと戻ることであり、その道中の光景にある。ガトリフ監督はこの作品を「素材に出来るだけ近づくことを目標」として撮影したという。それは「質感をしっかりと捉えることで、映し出されるもののバッグ・グラウンドまで想いを馳せることが出来るように」という意図のためだった。オープニングの肌のクローズアップが引いていく映像はそうした意図を、彼らの暮らす世界を感じさせる映像として効果的であり、後々まで印象に残っていく。
スペインを通り、モロッコへと渡り、アルジェリアへとたどり着く旅、その先々で彼らはヨーロッパを移動し続けるジプシーやアラブ、アフリカから仕事を求めて、ヨーロッパ、フランスへと不法に国境を越えてくる人々と出会う。彼らと共に日雇い労働を経験し、暮らし、彼らが警察に捕らえられる様、その瞬間にトラックの下部に潜り込み、脱出していく様を目の当たりにする。旅の道中、彼らはヘッドフォンをあて、音楽を聴き続けている。それはジプシー、アラブの音楽をトランス風にアレンジしたものだ。長い時間をかけながら、移民たちとともに歌い継がれてきたであろう音楽は土着的なものからより洗練されたものへとなり、多くの層に受け入れられている。しかし、その音楽が辿ってきた道のりは荒廃している。ビルも壊され、瓦礫の山となった土地、荒れ果てた道が続く土地が続いていく。よりよい生活を求めてヨーロッパへと向かう移民たちは網の目をくぐるような日々を送り、フランス国籍である彼らも不法移民と間違えられ、身分証の提示を求められる。フランスに居心地の悪さを感じているのに、身分証ひとつで解放される彼らと、命と引き換えにでもヨーロッパを目指す不法移民、様々なリズムを取り込み彩り豊かに変化していく音楽、その間の荒廃した町並み、その情景をカメラは近づき、切り取り続ける。
彼らが遠回りをしながらもたどり着いたアルジェリアは大地震により大きく崩壊した後だった。そういった中で、彼らは自らのルーツを物証として、精神的なものとして確認する。クライマックスとなるスーフィーズム(イスラム教の神秘主義派)の儀式では彼らがヘッドフォンで聴いていた音楽と現地の土着的な音楽が被り、フランスでは居心地の悪かった気分も解消されていく。それはこの旅が生み出した邂逅である。しかし、邂逅されない、断絶された部分は未だに残り続けている。そこが爆発したのが、あのフランスのパリ郊外での暴動だったのかもしれない。
トニー・ガトリフのファンはもちろん、音楽好き、ロード・ムービー好きにもお勧めの作品です。ぜひ、劇場に脚を運んでください。 |