「次々と不慮の死を遂げていくエルヴィス・プレスリーのそっくりさん。鍵を握る一人の女性。キム・ベイシンガー主演の最高にお馬鹿な作品が登場」
エルヴィス・プレスリーは間違いなくアメリカを象徴する人物のひとりだろう。例えば、アンディ・ウォホールによるあの有名なシルクスクリーンの肖像画はそれを証明している。そんなプレスリーの影響力は未だに消え去ることがなく、毎年出てくる存命説、新たに発売されるベスト盤、バイオグラフィーの出版、娘の動向など様々な話題が浮上してくる。もちろん、往年のファンだけでなく、新たなファンも惹き付けているのがプレスリーの偉大な面でもある。反逆児としてデビューし、徴兵後には主流派のエンタティナーとして活躍し続けたプレスリーだが、今年(2005)は彼の生誕70周年、そしてデビュー作であるEP盤「ザッツ・オール・ライト」が発売されて50年という節目の年に当たっている。そんな節目の年に、プレスリーをテーマとした怪作(?)が公開される。それが今回紹介する作品『トラブル
IN ベガス』である。
この『トラブル IN ベガス』とプレスリーの関係は、この作品の主役ともいうべき存在がプレスリーのそっくりさんたちであることだ。場末のバーで日々そっくりショーをこなし続けるそっくりさん、店先に立ち、物乞いをするそっくりさん、そしてラスベガスで開催されるお祭り“エルヴィス・プレスリーそっくりさんショー”に参加するために足を運ぶそっくりさんたち。誰も彼もがほとんど、あのもみあげにあのフリンジでいっぱいのジャンプスーツを着込み、実際は「全然似てないじゃない」と叫びだしたくなる風貌で登場してくるのだ。作品のオープニングには「プレスリーが死んだ年(1977)には全米で3人しかいなかったそっくりさんは現在5万人。このペースで増え続ければ、2012年には4人に1人がそっくりさんとなる」というテロップが流れるのだが、ここまでそっくりさんのいるスターはマリリン・モンローくらいではないだろうか。アメリカの20世紀の音楽界に偉大な足跡を残したボブ・ディランにしてもフランク・シナトラにしてもここまでのそっくりさんはさすがにいないだろう(ましてや、デューク・エリントンなどの黒人になれば尚更だろう)。しかもこれが本当なら、それだけプレスリーがアメリカ国民の心を捉え続けているという証拠だし、似ているのかもよく分からないそっくりさんで生計を立てられるベースがきちんとあるということにもなるんだよね。まさしく、アメリカの象徴です。お札になる日も近いのではないだろうか。
で、この作品『トラブル IN ベガス』ではそのそっくりさんたちが次々と死んでいくのだ。それもある女性の前で。子供の頃にプレスリーと会ったことがあるという思い出を大切にしている化粧品のトップ・セールス・レディーの目前で起こるそっくりさんの死。その状況に怯えていた彼女が一目ぼれしてしまった男はあのジャンプスーツを手にしていた。自分の今までの状況を考えると大変なことが愛する男にも起こるのではないかと考えた彼女は彼から離れようとするのだが、というのがこの作品の物語。そっくりさんの死、迫り来るFBI、そして自分の恋の行方の顛末を描いているのだが、最初に怪作と描いたように、これは最初から笑い通しの最高にお馬鹿なコメディ作品。プレスリーをテーマとした部分では怪作だけど、お馬鹿さ、笑いの点で見れば最高に快作というべき作品なんですね。
出演は、主演に久々のコメディー作品となるキム・ベイシンガー、共演に『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』、TVドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」のジョン・コーベット、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズでサムを演じたショーン・アスティン、『ラブ・アクチャリー』のデニース・リチャーズ、『リオ・ブラボー』、『殺しのドレス』などの名優アンジー・ディキンソンなど。また、超有名俳優がそっくりさんのひとりとして出演しているので、こちらもお見逃しなく。監督は『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』のジョエル・ズウィック。
ズウィック監督はこの作品を監督した理由について「プロデューサーが私の代理人に送ってきたいろんな脚本の中で非常に賢くて独特で、面白さが際立っている作品があったんだ。それがこの『トラブル
IN ベガス』だった。」と語っているが、確かにプレスリーのそっくりさんが次々と死んでいくコメディなんてオリジナルだ。脚本を書いたふたりはこの作品がデビュー作らしいのだが、相当にプレスリー好きで、そのそっくりさんたちの横暴に腹が立っていたのではないかと想像してみたくもなる。プレスリーの権利などを管轄する事務所も喜んで承諾を出したというのだが、それも「おそらくエルヴィスのそっくりさんたちを排除していくアイデアが気に入ったのだと思う。」とはズウィック監督の弁。やはり5万人位もいるというそっくりさんに事務所もやきもきしていたんだろう。
この作品のラストの山場はラスベガスで開催されるプレスリーのそっくりさんショーである。過去にこのそっくりさんショーが背景となった作品(『ハネムーン・イン・ベガス』、『スコーピオン』など)もあったが、オリジナリティーと馬鹿さではこの作品が本当に際立っている。ただ、馬鹿なだけではなく、作品の全編を通して流れ続けるエルビスの歌声、カバー・バージョン、ルーツとなったであろう音楽の心地よさはもちろん、それ自体がストーリーともリンクしていて文句なし。キム・ベイシンガーもいいコメディアンヌぶりを発揮しているし、細かい部分でのプレスリーへのこだわり、敬愛の念も伺える作品だ。でも、作品の根底を貫くのはお馬鹿さ(大体、そっくりさんがそんなにいること自体がお馬鹿)、そのお馬鹿を存分に楽しめる快作がこの『トラブル
IN ベガス』。プレスリー好きはもちろん、アメリカ的なお馬鹿な笑いが好きな方は見逃すことなかれ。ぜひ、劇場に足を運んでください。
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