「実生活でもパートナーであるモニカ・ベルッチ、ヴァンサン・カッセルがスパイを演じる実話を背景としたスパイ・ドラマ」
イタリアの宝石といわれる女優 モニカ・ベルッチ。最近も『マトリックス』シリーズ、『パッション』など数々の話題作に出演し、妊婦ヌードも大きな話題となった彼女が実生活でもパートーナーである俳優
ヴァンサン・カッセルと共に主演した最新作が、今回紹介する作品『スパイ・バウンド』である。
まだ結婚前の『アパートメント』、『ドーベルマン』や結婚後の『ジェヴォーダンの獣』、『アレックス』などモニカ・ベルッチとヴァンサン・カッセルの共演作はいくつかあるが、今回の『スパイ・バウンド』がある意味で今までの共演作と違うのは、モニカ・ベルッチの役柄が全面的に美貌を押し出したものではないということだろう。このことに関して、モニカ・ベルッチは「これまでは出演依頼といえばグラマラスな女性の役ばかりだったけれど、今回初めて官能的な魅力を売り物にしない役と出会えて、すごく新鮮で刺激的に思えたわ」と語っている。そう、これはモニカ・ベルッチにとっては新境地の作品でもあるのだ。
タイトルからも分かるように、作品はモニカ・ベルッチとヴァンサン・カッセルを主人公としたスパイ映画である。スパイ映画に欠かせないものとしては“リアリティ”が第一に挙げられるだろうが(スパイものを得意とするミステリー小説の世界では東西冷戦が終ったことにより、スパイものの“リアリティ”がなくなるのではないかと危惧されたこともあった)、この作品はそのリアリティゆえにフランスでは公開と同時に拍手喝喝采で迎えられた作品である。それはこの作品が、とある事件を下敷きに描かれているとされたからだった。その事件は“「虹の戦士号」爆破事件”として、フランス国民の間には深く刻まれている事件である。
“「虹の戦士号」爆破事件”とは1985年7月、フランス領ムルロア環礁におけるフランスの核実験の抗議活動のためにニュージーランドのオークランド港に寄港していたグリーンピースの船「虹の戦士号」が爆破された事件である。この爆破により乗組員の1人が死亡、多数の負傷者が出たのだが、この事件がセンセーショナルに扱われた理由は、爆破現場に残されたいた遺留品からフランス情報機関DGSEの男女の工作員が逮捕が逮捕され(実際は刑を執行されていない)、その結果、核実験を巡って対立していたフランスとニュージ=ランドの関係が泥沼化し、その責任を取ってフランスの国防相が辞任する事態にまで発展したからである。国家情報機関によるお粗末な、考えられない工作とその結果ゆえに、この事件は今も多くのフランス国民の間で記憶されているのだ。
この作品を監督し、脚本も書いたフレデリック・シェンデルフェールは“「虹の戦士号」爆破事件”との関連性について「基づいた実話であると断言することは、私にはできない。非常に危険だ」と語っている。ただ、冒頭の船舶の爆破シーンからモニカ・ベルッチとヴァンサン・カッセルが演じる男女のスパイの顛末を追えば追うほど、“「虹の戦士号」爆破事件”との関連性は明白であるし、だからこそ、これを観たフランスの観客たちは拍手喝采となったのだ。映画を楽しむに当たって、この事件の概要を知っておく必要はないが、知っておいた方がより楽しめるのは確かだろう。また、“「虹の戦士号」爆破事件”との関連性を匂わすのみにしている監督は、スパイの普通の日常という部分に大きな興味を抱き、フランスの元スパイに顧問を頼み、“「虹の戦士号」爆破事件”に係わった女性スパイに取材を試みるなどして、スパイという生活のリアリティーを徹底的に追い求め、脚本を完成させている。
スパイ映画といえば、派手なアクションがつきものであるが、この作品『スパイ・バウンド』にはそういった部分はほとんどない。これも監督がスパイのリアリティという部分を徹底的に追及したからだろう。そういった部分はスパイが自分の部屋に帰ったときの冷蔵庫すら空っぽの生活感のなさ、友人関係などに現れている。スパイとは限りなく孤独なのだ。ただ、そういったリアリティだけでなく、ここには所詮は利用される存在でしかないというスパイのリアリティも描かれている。作品はこの利用される存在でしかないという部分を起点に“誰が黒幕なのか”というミステリアスなサスペンスへと展開していく。このあたり、様々な思惑がコンプレックスしていて、なかなか面白い。アクション的な派手さはないが、的確なジャブを放たれたようなスパイ映画となっている。ラストから考えると次回作があるのだろうか。あるなら観てみたいが。ぜひ、劇場に足を運んでください。
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