「今後が大いに期待される韓国の新鋭監督が放つ、記憶を巡るサスペンスタッチのミステリアスなドラマ」
今年(2005)もまだまだ韓国映画の勢いは続きそうだ。純粋に大作として面白いと思える作品もあれば、独特の視点で面白いという作品もある。いつまで続くかは分からないが、このブームのおかげで、様々な作品がスクリーンにかけられるのは嬉しい傾向だ。今回紹介する『スパイダー・フォレスト
懺悔』もこのブームがなければ、公開されることがあったのだろうかと思えるような作品である。
このブームがあったら公開されることがあったのだろうかという言葉遣い、どう考えてもそこには作品に対する否定的な意味合いを感じてしまうかもしれない。でも、違うんだな。これは結構拾いものの作品なのだ。それに実際にブームがなかったがゆえに(作品が地味だったという部分もあるのだろうが)、この作品の監督の長編デビュー作であり、東京フィルメックス、釜山映画祭で最優秀作品賞を受賞した『Flower
Island』という一部では傑作と語り継がれる作品が公開はもちろん、ソフト化すらされなかったという経緯もあるのだ。とすると、今回紹介する作品『スパイダー・フォレスト
懺悔』も公開が見送られる可能性は大きかったわけだ。
この作品『スパイダー・フォレスト 懺悔』を監督したのはソン・イルゴン。1971年生まれであるから、まだ30代前半の若手監督である。ソウル芸術大学を卒業した後、ポーランドの国立映画大学に留学し、映画に関して学んだソン・イルゴン監督は1999年に発表した短編映画『The
Picnic』がカンヌ国際映画祭短編コンペティションで審査員特別賞を受賞するなど絶賛を浴びる。そして2001年に長編デビュー作となる前述した『Flower
Island』を発表。『スパイダー・フォレスト 懺悔』は待望の長編第2作目になる。この作品についてソン・イルゴン監督は、子供の頃に父親に聞いた死んだ人間の魂が休むという神聖な場所である“蜘蛛の森”と呼ばれていたすぐに道に迷ってしまう森についての記憶を思い出したことが発端だったと語っている。
作品はひとりの男の記憶を巡るサスペンスタッチのミステリアスな物語となっている。交通事故により昏睡状態に陥っていた男は記憶障害となっていた。そんな中で男が最初に思い出したことは森の中の一軒家で見つけた男女の死体だった。断片的に浮かび、繋がっていく記憶の糸。果たして彼の身に起こったことはなんだったのかという物語であるこの作品はタイトルにもある“蜘蛛の森”で起こった出来事と主人公の脳内にある“記憶という森”を噛み合わせながら描いていく。
主演は出演作が軒並みヒットを記録するなど今後の活躍が大いに期待される人気俳優カム・ウソン、『魚と寝る女』で韓国の主要映画賞の新人女優賞を総なめにしたソ・ジョン。その他、韓国では有名な舞台俳優で数多くの映画にも出演するチャン・ヒンソン、TVドラマを中心に活躍し、この作品が映画初出演作となるカン・ギョンホンなど。
作品のオープニング、額に収まったような暗い森の中に背中を見せて女性が佇むシーンから森の中に吸い込まれていくように物語はスタートする。主人公である男は森の中で眼を覚まし、一軒の家で惨殺された男女の死体を発見するが、何者かに追われ、その直後、交通事故に遭い、病院へ収容される。ここまでは猟奇的なサスペンスの様相を呈しているが、その後、作品は主人公の記憶の奥底と現実の事件という時間軸、出来事、イメージなどが入り混じり、それらの記号が最終的にひとつに収束していく物語となっている。よくあるパターンかもしれないが、これが本当にうまく出来ている。しかも、監督はあえて観る側の思考を遊ばせる余地を残したのだろうか、観終わった後もいくつもの謎が残っているのだ。これは何度も観れば解決するものなのかもしれないが、解釈の自由さがある分、更なる謎を呼び起こすのではないかという気がしている。そういった意味ではかちっとした物語が好みの人には全く持って受け入れられない(分からない)物語となるかもしれないのだが、この作品の面白さは単なるサスペンスに終らせないこの部分にあるのだ(エンディングも色んな解釈を呼ぶだろう)。物語はもちろん、映像の美しさ、むごさといい、今後の作品も大いに期待できる韓国映画界の新たなる才能ではないかと個人的には思っている。ぜひ、劇場で“蜘蛛の森”に迷い込んでみてください。
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