「喜寿を迎える映画監督 森崎東が描く社会への問題意識と庶民の持つ強烈なパワーが一体となったヒューマンドラマ」
『喜劇 女は度胸』、寅さんシリーズの3作目に当たる『男はつらいよ フーテンの寅』、原発問題を扱った『生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』、浅田次郎原作の『ラブ・レター』、『釣りバカ日誌スペシャル』など数多くの作品を監督してきた映画監督
森崎東。日本映画が撮影所の体制で製作されていた時代に映画の世界に足を踏み入れ、プログラムピクチャー全盛の時代に作品を撮り始め、その後、独立プロダクション、テレビの世界などでも活躍してきた“生きる日本の映画史”ともいうべき監督のひとりである。1927年11月19日生まれであるから、もうすぐ喜寿を迎える森崎監督だが、そのお祝いに合わせるかのように待望の新作映画が公開される。それが今回紹介する作品『ニワトリはハダシだ』である。
当時はタブーとされていた原発問題を扱い、主演女優の倍賞美津子が日本アカデミー賞主演女優賞を受賞するなど大絶賛を受けた『生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』に代表されるように、森崎監督は常に社会の底辺で生活し続ける庶民を見つめ続けていた。この作品『ニワトリはハダシだ』ももちろん例外ではない。京都の舞鶴を舞台にそこに暮らす庶民たちの生活と彼らが巻き込まれる事件をダイナミックかつユーモラスに描いていく。もちろん、この作品にも森崎監督らしい社会への痛烈な視点が盛り込まれている。そうした社会への問題意識と庶民の持つ強烈なパワーが一体となった作品が、この『ニワトリはハダシだ』でもあるのだ。
物語の主人公は、父親と二人暮しの知的障害を抱える少年。在日朝鮮人の母親と妹は同じ町で別居をしている。原因は父と母の教育方針の差なのだが、行き来がないというわけではない。中古車屋に通い、車のナンバーなどを記憶することが大好きな少年は、本人も知らないうちに警察が捜しまくる盗難にあった車のナンバーを記憶していた。そのことから少年は警察、暴力団などに追われ、誘拐されてしまう。家族などは彼を救い出そうと彼が巻き込まれた事件の原因を追い始めるというこの物語は、森崎監督の社会への問題意識と庶民の力強さが詰め込まれたエンタテインメント作品である。この作品の発端について、森崎監督は「ある知的障害者の母親が言った“世間からあの子を隠そうと思わない。逆に世間にあの子の面白さを見せたい位です”という力強い一言に励まされてこの映画は生まれた。」と語っている。作品は2004年ベルリン国際映画祭でも上映され、大きな反響を呼んでいる。
出演は『生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』にも出演していた原田芳雄、倍賞美津子のコンビに、この作品が映画デビュー作となる肘井美佳と浜上竜也、石橋蓮司、余貴美子、岸部一徳、柄本明、笑福亭松之助、塩見三省、李麗仙などの錚々たるベテラン俳優陣など。音楽は宇崎竜童が担当している。
この物語に出てくる森崎監督の社会への問題意識(知的障害者、在日朝鮮人、警察の汚職、国家権力、失われていく共同体など)はある部分ではわけも分からずタブーとされ、触れないようにされてきたものである。森崎監督は例えば、知的障害者や在日朝鮮人の人々にも普通の僕たちと変わらない生活があるんだという当たり前のことを示し、権力の傘の中でしか動こうとしない警察などは徹底的に揶揄しようとする。この物語は映画の中の出来事でしかないかもしれないが、現実にはもっとひどい状況がまかり通っているかもしれないのだ。タイトルの意味は、ことわざ辞典によれば「わかりきったことのたとえ」となっている。しかし、このタイトルに森崎監督は「当たり前のことが当たり前でなくなってきた世の中への違和感も込めている」と語っている。戦争も体験し、日本という国のいい面も悪い面も体験してきたであろう森崎監督のこの言葉を考えるたびに、僕には重い気分が圧し掛かってくる。だが、この作品に登場する庶民たちの圧倒的なパワーがあれば、絶対に動くものもあるのだという気にもなる。喜寿を迎える監督が描いた作品に満ちた圧倒的な力強さと日々を笑い飛ばすユーモアをぜひ、劇場で味わってください。
|