「若き日のチェ・ゲバラの人生を変えた南米大陸縦断旅行を描いた心揺さぶる青春ロード・ムービー」
今という時代に“革命家”という言葉がどれほどの重みを持っているかは分からないし、“革命家”という生き方にどれだけの人が憧れを持っているかも分からない。ただ、街を歩けば、毛沢東やホー・チ・ミン、共産党のシンボルである赤い星の入ったTシャツを着ている人を見かけることがある。主義主張、メディアではなく、単なるファッションとしてのTシャツなんだろうけど、そういった中でも本当に良く見かけるのが、ベレー帽をかぶったチェ・ゲバラがプリントされたものである。今回紹介する作品『モーターサイクル・ダイアリーズ』は“革命家”の代名詞ともいうべきチェ・ゲバラの若かりし日の南米大陸縦断旅行を描いた作品である。
Tシャツに書いてある絵柄は知っていても、“革命家”チェ・ゲバラについてよく知らない人もいると思うので、ここで簡単に触れておきたい。本名はエルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ。チェは愛称である。1928年アルゼンチンに生まれる。ブエノスアイレスで医学を学び、その最中にオートバイで南米大陸を縦断する旅に出る。この旅が後の“革命家”としてのゲバラに決定的な影響を及ぼす。帰国後、大学を卒業し、ボリビア、グアテマラへ。グアテマラの社会主義政権がCIAの後押しにより崩壊するのを目の当りにする。1956年、メキシコでフィデル・カストロに出会い、キューバの反バティスタ政治闘争への参加を決意。1959年のキューバ革命成立後、キューバ政権の中心として尽力するも更なる革命闘争に参加するため、1965年キューバを離れる。アフリカのコンゴでのゲリラ戦の指導後、南米のボリビアへ。1967年、ここで捕らえられ、処刑される。享年39歳。遺骨が発見されたのはそれから30年経った1997年のことだった(より詳しい略歴を知りたい方は「チェ・ゲバラ伝/三好徹
著」、キューバ革命、カストロとの関係なら「フィデル・カストロ-カリブ海のアンチヒーロー/タッド・シュルツ
著」などを読んでください)。この作品『モーターサイクル・ダイアリーズ』は“革命家”ゲバラに決定的な影響を及ぼした南米大陸旅行を描いた作品である。となると、小難しい革命の話かなどと思ったりする向きもあると思うが、そうではない。これは若い多感な時期に様々な人、状況に出会う旅を通して、成長をしていくという物語である。それが結果的にゲバラにとっては革命に向かったということなのだ。
この作品の原作はゲバラ自身が書いた「チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記」。この原作の映画化は、俳優、監督だけでなくサンダンス映画祭など若手の育成にも力を注いでいるロバート・レッドフォードが長年温めてきた企画だという。そんなレッドフォードがこの作品の監督として白羽の矢を立てたのが、サンダンスから羽ばたいた『セントラル・ステーション』のウォルター・サレス監督。レッドフォードは「この作品はウォルターとコラボレーと出来る完璧な題材に思えました。彼ならのちのゲバラの政治的な部分に焦点を当てるのではなく、詩情溢れる人間性を描き、この物語を見事に舵取りしてくれるだろうと、確信していました」と語り、サレス監督は「この原作には非常に影響を受けました。この旅が美しいのは、世界に対する彼らの認識が変わるからです。この旅で理解したことを心のよりどころに、自分たちが世界を変えようと進んでいくのです」と語っている。作品の完成までには、原作に登場している街を訪ねる旅、キューバへの渡航など2年以上のリサーチを重ね、ゲバラの旅行記だけではなく、ゲバラと共に旅をした盟友アルベルト・グラナードの旅行記も原作として、脚本を完成させている。
出演は、ゲバラ役に『アモーレス・ペロス』のガエル・ガルシア・ベルナル、アルベルト役にゲバラの実のはとこでもあるロドリゴ・デ・ラ・セルナなど。
物語は下手な小細工などなしに、ゲバラとアルベルトが辿った道程を描いていく。スタートからある場所にたどり着くたびに画面の右下には距離が示されていく。その距離と画面に広がる美しく、過酷な風景はこちらも旅を分かち合うかのような気分にしてくれる。旅の楽しさというものがビンビンと伝わってくる前半部分、サレス監督の言う「世界に対する認識の変化」に直面し、自分自身が大きく変化し始める後半部分、どちらも本当に素晴らしい。何度となく、感極まってしまった。時代というものはあるが、ふたりともある種の理想を抱いて出発する中で、ゲバラはより理想主義的になり、アルベルトは理想主義の中で現実との対応を模索していく。この心情の変化を主演のガエルとロドリゴのふたりの俳優は見事に表現している。若い世代が見れば、これを観て旅に出たいと思うであろうし、ちょっと年老いた世代なら自分が抱いていた理想主義を思い出すかもしれない。この旅で見出したゲバラの生き方、アルベルトの生き方どちらに共感を示すかも分かれるところだろう。それでもこの作品がこちらの心を大きく揺さぶるのは、この若いふたりが理想を抱え、そこに向かって走っていたからだ。当たり前かもしれないが、英語でなく、母国語のスペイン語で製作されている部分も素晴らしい。本当に素晴らしい作品ですので、ぜひ、劇場に足を運んでください。
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