「ただ黙々とカーブミラーを拭き続ける男を描くサンダンス・NHK映像作家賞2002受賞作品」
国営放送という部分があるからこそ、様々な試みを行うことが出来る放送機構であるNHK。そんなNHKがサンダンス映画祭と手を組んで、新たな映像作家を発掘、支援する賞を創設していることをご存知の方がいるだろうか。「サンダンス・NHK映像作家賞」と称されたこの企画は、アメリカ、ラテン・アメリカ、ヨーロッパ、日本の4地域から1名づつ次世代を担う新しい映像作家を世に送り出している。この賞は、サンダンス映画祭の主催者であるロバート・レッドフォードに「世界には新しい映画監督を支援しようとする企画が多く存在するが、短期間にこれだけの成果をあげた賞は、この賞の他にない。」という発言が裏付けるように、ベルリン映画祭でグランプリを受賞した『セントラル・ステーション』、サンダンス映画祭で観客賞を受賞した『スモーク・シグナルズ』、窪塚洋介主演『Laundry』、UAが印象的だった『水の女』など10年足らずの間(1995年スタート。24作受賞)に多くの傑作、良作を見出している。映画好きにとっては、マイナーながらも見逃せない賞になることは間違いないだろう。今回紹介する作品は、そのサンダンス・NHK映像作家賞」を2002年に受賞した作品『ミラーを拭く男』である。
この作品は、タイトルが表すように、ミラー、路上に設置されているカーブミラーを拭き続ける男を描いている。サラリーマンとして真面目に地道に働き続けてきた男。そんな男は交通事故を起こしたことがきっかけで、完全にひきこもりのような生活を送っていた。家族は父親の様子に戸惑い、怒りを感じるばかり。そんな男が何を思い立ったのか、路上に設置してあるカーブミラーを拭き始める。それは次第に大きな波を生み出していくというのがこの作品のストーリーである。日本中のカーブミラーを拭いて旅するというとてつもない目標を持った男の周りには、いち早く目をつけたマスコミ、そこから彼の意思に賛同した男たちが自然に集り、大きな波となっていく。しかし、肝心の主役であるはずの男は主役の座を受けることもなく、ただ黙々とカーブミラーを拭き続けていく。何しろ、主役の男はほとんど台詞もしゃべらず、なぜ、カーブミラーを拭くのかという理由すら説明されることはないのだ。その姿には、黙々と日々の雑務をこなしていくサラリーマン像や実直さが重なるかもしれない。そして、マスコミやそこに乗る連中のあざとさを感じるかもしれない。理由を明確にしていないからこそ、そういった部分が浮かび上がり、感じてしまう作品である。
監督は、この作品が劇場長編デビュー作となる梶田征則。通行中にふと目にしたカーブミラーを磨く初老の男の姿、定年間近の自分の父親が接触事故をきっかけに鬱病になったこととその父親の裏側にあったと思われるもの、そこから生まれてきた家族の関係など実際の経験をベースにこの作品を描くことになったという。
出演は、主演の男役に緒方拳、その妻に12年ぶりの映画出演となる栗原小巻、その他、津川雅彦、大滝秀治、岸辺一徳、長門裕之というベテラン、国仲涼子、DA
PUMPの辺土名一茶というフレッシュな面々という豪華な俳優陣が集っている。
最初にも書いたとおり、この作品では主人公である男がなぜ、カーブミラーを拭き続けるのかという理由を明確にしていない。だから、その部分に違和感を覚える人もいるだろうし、そういう部分があるからこそ入り込める人もいると思う。中高年への応援歌的な捉え方をしたら、手っ取り早い作品かもしれないが、実はそれだけでもない。家族のあり方、老後の夫婦のあり方を考える作品にもなっているし、人間の安っぽさ、滑稽さを描いた作品にもなっていると思う。理由(と回答)を明確にしてない分、様々な受け止め方ができる作品だと思う。それもこの素晴らしい役者陣があってこそ、生まれた世界である。正直、ちょっと冗長に感じる部分もあるが、役者の魅力に満ちた不思議な味わいのある作品です。ぜひ、劇場に足を運んでください。
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