「患者を救いたいと思う研修医の行動と患者の絆、彼女を取り巻く人々との関係を描いた様々な気持ちを抱かせる作品」
この休みの間の知人との会話に“人に親切にすること”ということがあった。夜に飲みながら話していたことなんで主観的だし、脱線や暴言も多かったのだが、その中で出てきたのが「親切にしたいと思ったときにやらないと嫌な感じが残る」というものだった。親切にすればこっちの気持ちは良くなる。でも、それは相手も嬉しいことなのだろうかという話も出たが、それは正直、分からないし、行きすぎもあるだろうなという話や実例になった。人間同士の気持ちというのはそれぞれだし、心の持ちようなんて言われても持ちこたえられる容量も全く違う。だから、親切は考えれば、考えるほど難しく、出来なくなってしまうのかもしれない。それでもやったほうがいいんだよというのが、この時の結論だったような気がする。今回紹介する作品『陽のあたる場所から』はある面でそういった親切心を描いた作品でもある。
親切心と書くと受けが良く聞こえるが、行き過ぎた親切心はエゴに繋がっていく。『陽のあたる場所から』という作品が描くのはそういった部分でもある。じゃ、行き過ぎないようにゆったりと流行の“スローライフ”で行きなさいなんてことは言っていないのでご安心を。
とあるフランスの精神病院で研修医として働く女性はひとりの身元の知れぬ精神病の女性患者の回復に全力を注いでいる。医師の治療により、女性患者は少しずつ自分の意思を開き始めるが、身元が判明したことから彼女が妻、母として暮らしていたアイスランドの町へと送還されてしまう。その事実を知った医師は彼女を完治させたいという思いからアイスランドへと向かっていくのだが・・・・というのがこの作品のストーリーである。
監督はアイスランド出身の女性映画監督ソルヴェイグ・アンスパック。パリのソルボンヌ大学で心理学を学び、精神病理学の修士号を取得後、数々のドキュメンタリー作品の映画監督として活躍。日本では初公開となるこの作品が2作目の長編フィクションになる。
監督自身はこの作品について、「私の目を惹き、いつかドキュメンタリに出来るのではないかと追跡調査をしてみた或る実話がこの『陽のあたる場所から』の土台になっている」と語っている。その実話はパリで彷徨っているところを発見され、聾唖と診断され、精神病院に入れられた女性の話である。彼女はあるテレビ番組に出演したことから、聾唖でもなく、失踪の前歴を持つイギリス人であるということが判明する。この事実に対し、心理学を学んでいた彼女は「研修中の私が彼女のような患者に会ったらどうなっていただろうと考えるようになった」のだという。
出演は研修医役に『天使が見た夢』でカンヌ国際映画祭、セザール賞の最優秀女優賞を受賞したエロディ・ブシェーズ。彼女が追いかける患者役にアイスランドで詩人として活躍するディッダ・ヨンスドッティル。彼女にとってこれが初めての演技経験であるという。製作には『息子のまなざし』のダルデンヌ兄弟監督も参加している。
女性研修医は「彼女を救いたい」という気持ちを持って、アイスランドへと向かう。アイスランドには今まで通りの暮らしをして、変化を望まない彼女の家族の生活がある。決して、恵まれているとはいえない彼女の生活を救おうという気持ちから行き過ぎた行動に出ることもある研修医は様々な人々に出会うことで、自分自身の変化を体験していく。その変化は人を認めるということだろう。精神病の患者を治癒することは研修医である彼女にとっては使命であり、それこそが患者を幸せにすることかもしれないが、そうなることで壊れるかも知れない状況があると諭す医師がいる。真冬の人も来ないアイスランドの田舎町で宿を探す彼女に手を差し伸べる人もいるし、エゴの塊のような人物も出てくる。精神病を患う女性、女性研修医など登場する人物は誰もが完璧でない。でも、そんな完璧な人間でないからこそ、人は支えあうのだし、そこから気づくことでより豊かな関係、個人が生まれるんだということを作品は語っているように僕には思える。そういった意味で最後のシーンはものすごく印象的で、示唆に富んでいる。そして、もうひとつ印象に残るのが真冬のアイスランドの小さな町並みの美しい風景だ。この風景は街の人々の成り立ちと生活を感じさせ、観る側に旅への想いをかきたたせてくれる。
人の心と同様に観る側にとって様々な気持ちを感じさせてくれる作品『陽のあたる場所から』。重そうなどと敬遠せずに、ぜひ、劇場に足を運んでください。
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